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学校再開と台風ティノの災害記録

フィリピンのセブ島で海外青年協力として
特別支援センターに派遣されているカネチです。

訪問していただき、ありがとうございます。


やっと先週から学校が再開して、
日常が少しずつ戻ってきました。

先週の金曜日は先輩隊員が任地を
訪問してくれました!
(2時間弱の道のりをわざわざありがとう!)

一緒に昼間に2時間程度歩き回ったのですが、
それだけでヘトヘト。

足が筋肉痛にもなり
ひきこもり生活の影響か体力低下を
実感しました。

1月はセブマラソンにも出るし徐々に
戻していかないと、、

今回は学校の再開までの経過と、
防災について考えたこと、
そしてその時の心情を振り返ります。

災害と学校の休校・再開

  • 9月30日:セブ北部ボゴ市でM6.9の地震。任地は軽い揺れのみ、学校休校。

  • 10月10日:ミンダナオ島でM7.6の地震。遠方にもかかわらず任地の学校も休校。午後は全校生徒下校。

  • 11月4日:台風ティノ直撃。任地が冠水、30人以上死亡。知人の家庭も被災。

  • 11月17日:学校再開。一部被災家庭が教室に居住。分散登校が開始。

  • 11月21日:支援センター周辺の掃除、生徒や保護者と再会。

2021年の台風との比較。
冠水被害は今回の方が大きかった。

防災について考えたこと

地震はいつ起こるか予測できない。
生き残るためにできるのは
「倒壊しない家を選ぶ」ことくらい。

洪水は事前警報やハザードマップで備えられる。

しかし一番怖いのは「平常バイアス」

「今まで大丈夫だったから、これからも大丈夫」
という思い込みが命を奪う。
台風ティノでは、普段浸水しない地域の人が避難せず、川の氾濫に巻き込まれて亡くなった。

気候変動で自然災害が増えている現実を前にしても、人は過去の経験に縛られてしまう。

だからこそ「平常バイアス」が一番危険だと
痛感した。

水の勢いってすごい。
任地の学校は再開したけれど、
同じ地区でまだ再開していない学校もある。


被災中の生活と心の揺れ

任地が冠水後、私は珍しく1週間家に引きこもった。

外に出るのが好きな自分が、初めて「出たくない」と思った。
自分の家は高台にあったため冠水の被害は
幸いなことに受けていない。

断水や停電の不便さもあったけれど、
何より心が重かった。

本を読み、庭の植物や昆虫を眺め、
現実から逃げるように過ごした。
夜は蝋燭の灯りだけ。

暑さに気力を奪われ、夜になると
涙が理由もなく出てくる。

朝になれば少し落ち着くけれど、
感情のジェットコースターに
乗っているようだった。

夜中になると気分が落ち込むのあれ、
何でだろう。
運動も何もしてなかったのも
関係してると思う。

校長先生のお家。近くの川が氾濫したらしい。

「水が手に入って嬉しい。これでトイレの水が流せる。」と思った瞬間、
泥水で家を失った人を思い出し、
罪悪感に襲われる。

「不安を誰かと話せばよかったのでは」
と思う一方で、状況を詳しく聞かれるのが億劫で
連絡できない。

心配してくれる人の気持ちはありがたいのに、
言葉にできない自分がいた。

自分のことで精一杯の時は、人のことを
考える余裕がなくなってしまう。
情報を遮断したくなる。

停電・断水が終わり、生活が戻り始めて
ようやく「子どもたちは元気だろうか」
「先生たちは大丈夫だろうか」と
周囲を思いやれるようになった。

任地1番死亡者数多い...
近隣で起きた不幸なニュースは身近に沢山あるから
聞くと悲しくなっちゃう
任地の学校に被災者の遺体が安置されていた
よく行っていたsmが被害に


学校再開後の安心感

支援センターの掃除で同僚や保護者、
生徒と再会。
元気そうな顔を見ると心が明るくなる。

今年度はクラスに参加していなかったダウン症の子も久しぶりに登校し、
保護者が「また学校に来てもいい?」と笑顔で
話してくれた。

その瞬間、胸の奥に溜まっていた重さが
少し軽くなった。

今後の住まいと防災への思い

「洪水のたびに避難するなら引っ越せばいい」と
思うかもしれない。

でも安全な場所を選ぶ余裕がない人もいる。
コミュニティや経済的な事情がある。

もしこれから住む場所を選べるなら、洪水リスクの低い場所、耐震性のある家、非常電源や水タンクの備えが必要だと思う。

今後日本では
南海トラフ地震、富士山噴火など10年以内に起こると言われている。

洪水・津波に関しては
「備蓄バッグを持ち出す」よりも
まず「早く逃げる」こと。
避難経路を知っているかどうかが、
生死を分ける。

まとめ

災害は「予測できないもの」と「備えられるもの」がある。

その中で一番危険なのは「平常バイアス」。

そして、災害の中で心は大きく揺れる。
それでも人と再会して、話して
整理して少しずつ前を向ける。

この経験を通じて、
私は「どのリスクを許容して生きるのか」を
考えるようになった。

そして何より、
「早めの避難行動こそが命を守る」
という教訓を忘れないようにしたい。

とは言え、
地元の自治体の運営している災害の
警報LINEはすぐ、避難指示がでて、
しかも何ともないことが多いから、
こういうことが続くと本当に危ない時に
反応できなくなる。

情報の判断力も鍛えていきたいね。

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