見出し画像

フィリピンの支援センターに赴任してからの7か月を振り返って思うこと

フィリピンのセブ島で海外青年協力として
特別支援センターに派遣されているカネチです。

訪問していただき、ありがとうございます。


セブ島の支援センターに赴任して7か月を振り返って思うことをつらつらと書いていきます。

いつもインスタのストーリで友達に対して記事をシェアするのですが、この記事はあえて、SNSでシェアしていません。

最後の決意表明について

今現在活動に対してネガティブな気持ちになっている人にとっては自分自身を
否定されていると受け取られる可能性もあるかもしれないと、思って

そういう意図はもちろんなくて、
自分の備忘録と家族と近しい友人に対して
「赴任先でも元気でやっているよ」
と伝えるために

同じ協力隊仲間に対しては
困難な課題に直面しても
「同志として、頑張っていこうね!」
という励ましの気持ちで

自分に向けては
『初心を忘れないで活動するために』
書いています。

自分の価値観をおしつけたくないと、
常々思っているけれど書くって、難しいね…!
色んな人の気持ちを思いすぎると、自分の気持ちが書けなくなってしまう。



派遣日に同期隊員が作ってくれた朝ごはん。わざわざ日本食スーパーに納豆も買いに行ってくれた。嬉しかったなあ。

2024年10月12日に今の学校に正式に赴任した。

昨日でちょうど、7か月が過ぎた。マニラに到着したのは9月3日だから、フィリピンに来てからは8か月、早い。

人は優しく親切で、海も綺麗で、食べ物も美味しくて、フィリピンを選んで良かったと思う。そして、やっぱり私はこの国が好きだ。

時間に適当なところも、細かいことを気にしないおおらかな人が多いところも、

すぐにどこでも、カラオケやダンスをしちゃうところも、明るい人が多いところも。

暑くて疲れ果ててしまう日はもちろんあるし、野犬は怖いし、道端のごみだって沢山あって、職場の文化に馴染めなくて迷うときもあるし綺麗な部分だけじゃ語れないけれど…

それでもここを選んで協力隊を受けて、赴任できて、よかったと思う。

教室に来た時、日本の旗を見つけて嬉しかったなあ

【赴任先では人に恵まれた】

赴任してからの7か月、周囲の人々の温かさに恵まれたことを実感している。

親切にされたら何かを返すように心がけているけれど、それが追いつかないくらい周りからたくさんの優しさ受け取っている。

食べ物だけじゃなくて、日々の気遣いや助け合いも含めてすべてがそうだ。

フィリピンに第二の母ができた。

ホストマザーがいて1階に住んでいて、いつもご飯をシェアしてくれたり、一緒にマーケットに行ったり、家族行事にはよく招待してくれる。

風邪をひいたとき、お粥を作ってくれた。優しさが心に染みた。

ホストファザーもまた、とても親切でオーダーメイドでテーブルとキッチンと、クローゼットまで作ってくれた。おかげで自分の部屋は心地いい空間になった。本当にありがたい。

また現地で親友と呼べるようなフィリピン人の友だちができた。

旅行に誘ってくれたり、一緒にランニングしたり、フィリピンでのプライベートな時間がこの友人のおかげで充実している。

セブ島の素敵なビーチもレストランも、たくさん教えてもらい、この土地を現地の感覚で楽しむことができた。

近くのビーチ、フィリピン人の友人と

子どもたちがくれた励まし

赴任当初は言葉が通じない不安があった。でも、意外となんとかなった。

世界共通で子どもたちは可愛い。

いつも与えているつもりが、与えてもらっていることの方が多いと感じる。

「赴任先で私は役立っているのか?」と思うとき、前向きな方に引き上げてくれるのは子どもたちの存在や言葉だ。

特に自分の存在意義が分からなくなって日本に帰りたくなった時のこと。

「cpがアメリカに行くからカネチも日本に帰るんじゃないか」と生徒が心配していたと聞いた。

そんな話を聞いてまた背筋が伸びた。実際に家に迎えに来た生徒たちの顔を見て「しっかりしなきゃ」と、思わされた。(出張で外部に行く予定だったのだけど、生徒は知らずに、遅いから迎えにきたみたい)

感謝の気持ち

赴任先で活動の機会を持てたこと、そこで出会った人々、そしてJICAの支援に対して、感謝の気持ちしかない。

たくさんの人の協力があってこそ、今の活動が成り立っている。 この気持ちを忘れずに、これからもこの環境を大切にしていきたい。

そして、いつまでもこの経験を忘れず、自分の役割を果たしていきたい。

すべての人が恵まれた環境やチャンスを与えられるわけではないからこそ、今あるこの機会を、精一杯活かしていきたい。

【活動について】

要請内容と国と、私の特性の相性は合っていたんだろうと感じる。我ながら適任だった。

手芸も調理も、ヨガも企画ーどれも得意分野であり赴任前から準備をしてきたのが功を奏した。

特に布草履制作はSNEDオリンピックで賞を取った時の生徒のうれしそうな顔は忘れられない。

調理実習も20回以上行えているし販売まで行うことができた。

もちろん、授業の進め方や保護者、CPとのコミュニケーションについて反省すべき点は多々ある。

色々衝撃だった最初の調理実習
調理以前の課題が山積み
手を洗う指導からスタートだった

至らない点を挙げれば、正直なところ数えきれない。 特に初期の赴任先のニーズのくみ取り方は甘かったため、授業の方向性に迷ったことがあった。

もっと早くに現地の実情を深く理解し、活動に反映できていれば、よりスムーズに進められたのかもしれない。

活動についての振り返りは、別記事で深く分析していきたいと思う。

全部、経験した😂
相手の立場から考えることも忘れずに
受け入れ側だって大変

障がい者を取り巻く環境は厳しい

25歳以上の障害をもつ方に対しての政府からの援助がない。

日本でいう福祉就労施設などは政府からの補助金はない。保護者が自宅でケアをしている場合が多いのが現状。

盲者に関してはマッサージ等一定の職が確保されているが、障害の重い方に対しても就労施設はない。また差別も存在する。


活動したからこそ気づいたこと

圧倒的マイノリティの状況を経験したら、日本に帰っても同じ立場の人の気持ちを理解し優しく接することができる気がする。
もっと日本にいる時ALTと沢山話せばよかった。

日本の学校のいいところにも気づけた。

スケジュールがちゃんとしている、生活指導が充実している、行事が雨じゃない限りリスケされない、全員参加できる、協力する楽しさを行事を通して学べる、月間行事予定がある、給食がある、部活動がある。規範がしっかりしている。

当たり前は当たり前じゃない。
やっぱりすごいよ、日本は!!

【決意表明(初心忘れず)】

今から書くことは半分自分に
言い聞かせています笑
勢いのある時に書かないと、、

上手くいかないことがあっても、
上手くいくまで、やり続けたい。
最後まで、納得できるまで考え抜きたい。

成功した数を数えるより、
トライした数を数えたい。

失敗するのを恐れて
トライの数が少なくなるよりは全然いい。

資金がない、環境がない、協力体制がないと、
ないことに目を向けるのではなくて、

ない中でも工夫して自分に出来ることを探したい。
自分を最大限に活かせるのは自分自身だと思う。
自分の強みを活かして活動していきたい。

そのために自分がしたいことだけじゃなくて
相手の求めていることをする必要もある

中々、思うような成果が出なくても
前向きな方に意識を集中させていたいし、
最適解を探し続けたい。

自分の思いを口に出す前から、
伝わらないと諦めたくない。
口に出しても、伝わらないことも多いけれど、
それでも言葉を、紡いでいくこと

相手を理解するために、
自分を理解してもらうために、
対話を大切にしていきたい。
そのために英語も現地語の学習も
少しでも継続していきたい。

TEACHじゃなくてSHAREのマインドを忘れずにいたい。

「このやり方の方がいいよ!!」という姿勢よりは
「こんなんあるんだけど、どうかな?」
(JICAの元所長の言葉、ふっと思い出した)
押し付けるんじゃなくて、
いつも同じ目線で一緒に考えて
活動を作っていきたい。

人に期待しすぎないでいたい。

人の性格・特性・習慣・価値観は基本的には変わらない。
自分がベストを尽くしたら
あとは向こうに任せて諦めることも必要だと心にとどめておきたい。

フィリピンで受けた恩を活動を通して、
現場に少しでも返していけたらと思う。

そのために健康第一!体づくり・メンタルケアも
引き続き大事に!

サイトマップはこちら↓↓


いいなと思ったら応援しよう!