幸福度を決める要因は遺伝か?環境か?
最近はポジティブ心理学が流行っているとの事だ。
ポジティブ心理学の特徴は「幸福を科学する学問」である。
セリグマンは学会のスピーチで、心理学の使命は以下の3点だと述べている
①精神的不調を治す事
②人々の人生をより生産的で充実したものにする事
③高い才能見出し育む事
病理に対する研究は進んだが一方で②と③がおざなりになっていた背景からポジティブ心理学という学問を提唱したのである。
従来の心理学は「何が失敗パターンなのか?」という問いに対し
ポジティブ心理学は「何が成功パターンなのか」つまり
「何が心を強くするかの解明」に比重が置かれていることが特徴である。
その様なポジティブ心理学の研究の一つを紹介する。
<幸福の決定要因は何なのか>
リュボミアスキー教授は、双子研究やその他様々な研究を統合した結果
幸せを決定する因子とその割合を
①遺伝子50%、
②環境10%、
③意図的行動40%、としました。
(幸せが続く12の習慣,ソニア-リュボミアスキーより引用)
「幸福」という極めて主観的なものをいかに分析したのかは正直良くわからない。良く分からないデータを掲載するのはあまりよろしくはない事は重々承知であるが事実を知っておくのは損ではないであろう。
臨床家が行う事は、データをそのまま受け取らず時には
「本当に事実なのか?」
「臨床に当てはまられるのか?」どうかも考えなければと思う。
そのため私のような「天邪鬼人間」はこのような結果に対しても
「意図的行動の割合はもっと大きいはずだ」と思ってしまうのである。
もちろん理屈もないし、こんな根拠のない私の主張は到底「採択」されない。科学という土俵であれば私の発言は「負け犬の遠吠え」である。
その「負け犬の遠吠え」の戯言だと思って聞いて欲しい。
私は何冊かポジティブ心理学の書籍を一通り読んで何か違和感を感じるのだ・・。
「幸福の在り方の定義-法則性を導き出し科学的な手法を発見-推奨する」
この在り方自体はもちろん問題はない。
一方で「EBM(科学的根拠)が確立していなければ認められない」と主張する輩も増えている様な気がするのである。
その証拠にあるリハビリ病院ではEBMが確立していない手技を禁止する職場も存在した。(一年目はどうなるんだ?とツッコミたいが・・)
リハビリだけでなく心理学も同様で「科学的に認められているから」というある意味、思考停止を促すワードで依存しすぎない様に注意が必要である。
そもそも、「幸福」とは「科学」が定義するのであろうか?
私は違うと思う。
「幸福」という極めて主観で抽象的な概念は「私」が決めた方が良い気がする。体験的認識(ナラティブな要素)の中から見出していくものであると私は考える。その中で迷いが生じたときに「科学」を用いればいいのである。
学問が「幸福」を定義して「人々に適応」させていく潮流に何か嫌な感覚を感じる今日この頃なのである。(完全に私の被害妄想だが・・)
ちなみに科学信仰は「西洋的」なのである。
故-河合隼雄先生が海外へ留学した時の出来事を紹介しよう。
アメリカの学生は職業適応検査で適性が高い職種だと分かれば有無を言わさず進路変更をしたそうで河合先生は大変驚かれたそうだ。
西洋の理論であるフロイトの精神分析やバーンの交流分析などは
合理性を高める心的機能を高めていく事が推奨されている。
一方我々東洋人は「合理性」よりかは「感性」を重んじる傾向が強いのである。
そして今は東洋の時代である。「国家中心社会」ではなく「個性中心社会」なのである。よって、自分の幸せは自分で決めてOKなのである。
非合理的でも良いのである。
「ありのままで」という言葉が流行ったのも時代の流れかもしれない・・
脱線に次ぐ脱線であるが結論を述べる。
「幸福度を決める要因は科学的に
証明されているそうだが常に疑え!!」
ご拝読ありがとうございました。
P.S.
ポジティブ心理学はもっと勉強します。(笑)

