欲しいモノと持っているモノの「僅差」が豊かさの指標?(書籍『アート・オブ・スペンディングマネー』より)
最初、この文章を読んだとき、
表現がぼんやりしていて
分かりづらいと感じました。
そして二度目に読んだとき
『差』という部分に目が行き、
さらに三度目に読んでみると、
これは『幸せの公式』なのだと思いました。
その文章とは・・、
真の豊かさは、
「持っているもの」と「欲しいもの」の差で決まる。
書籍『アート・オブ・スペンディングマネー』の中で記されている文章です。
『差』とはすなわち、引き算のこと。
どんな引き算かというと、
「欲しいもの」-「持っているもの」です。
50歳の坂を越えた人なら、
ほんとうに欲しいもの(コト)を見極め、
「欲しい物」の量を厳選することで、
「欲しいもの」-「持っているもの」が僅差となり、暮らしに充足感が生まれる・・、
つまり、心が満ち足りて、
真の『豊かさ』を感じやすくなると本書では説いています。
ところで(突然ですが)、
私の欲望調査です。
私はこう見えて、
家を所有しておらず
クルマも持っておらず、
スマホもApple Watchも所持していません。
固定資産と呼べるものは、
クーラーと洗濯機とノートPCくらいでしょうか。
そんな私が、
欲望強めのカン氏に変貌したとしましょう。
欲望強めのカン氏は、
家(マイホーム)が欲しくて
ボルボのEV車も購入したく、
スマホもApple Watchも
その他よさげなガジェット類や、
カナダグースのダウンジャケットなども、
もう、みんな『買いたい人』です。
でも、いずれも「まだ」所有していません。
すると、
あくまでイメージですが、
欲望強めのカン氏)
「欲しい物」(100)-「持っている物」(50)= プラス50
みたいな状態になるわけです。
けっこうなプラスの数字です。
58歳になる私にとって、
持っているものより
欲しいもののほうが結構多いという状態はどうでしょう・・、
そこそこ『ストレス』が溜まるのではないでしょうか。
他方、実際のわたしは?
実際のわたしは、
家(マイホーム)
クルマ
スマホもApple Watchや、
カナダグースのダウンジャケットにも、あまり興味が湧きません。
上記のような『具体物』は
わたしの人生において、
―具体的には、人生の出費項目の中において―
ぜんぜん重要ではなく、
本当のわたしは、
「欲しい物」(50)-「持っている物」(40)= プラス10くらいだと思っています。
つまり、自分が欲しいものは
「だいたい既に持っていて」、
これ以上、
物質的にはあまり望まないという点で、
気持ちが概ね満たされていると感じます。
(実際こころ穏やかに毎日過ごしています)。
次に、
仮にもわたしが、
「欲しい物」(40)-「持っている物」(40)=±ゼロ の状況になればどうでしょう。
これはもう、
心の底から満ち足りている、
幸せ~と感じられる状態ではないでしょうか。
私たちは普段、モノに対する所有欲や
お金(資産)の増加意欲に事欠きませんが、
「欲しいもの」と「持っているもの」の差は、
(もしかすると)人としてのあり様を本質部分で計る、豊かさの指標、幸せの物差し、なのかもしれません。
余談ですが、
「欲しい物」(20)-「持っている物」(40)= マイナス20のような状態の人は、必要がないものを必要以上に持ってしまっており、断捨離をされたほうがよいでしょう。
近年はSNS等によって
モノやサービスに対する欲望の「解像度」が高くなってしまっているため、
自分がまだ「持てていないモノ」が
くっきりと可視化されてしまいます。
その結果、
もっと『欲しい』という気持ちが触発され、
「欲しい物」と「持っている物」の差が大きくなってしまう・・。
これは悩ましいことです。
ところで、
書籍『アート・オブ・スペンディングマネー』が謳う、
真の豊かさは、
「持っているもの」と「欲しいもの」の差で決まる。
という文章のすばらしさは、
個々人の経済的状況を、
絶対的な物差しで計らない点にあります。
『差』というフックを用いることで、
個別の経済状況を
見事に「相対化」しているのです。
いま一度、
「欲望が強めのカン氏」に登場願いましょう。
仮に私が年収800万円で、
マイホームも
ボルボの車も
Apple Watchもカナダグースのダウンも欲しい人で、
「欲しいもの」(100)-「持っているもの」(50)=プラス50の状態だとします。
いっぽう、
年収8千万円の
渋谷区広尾に住む、欲望が強めのコウさんがいます。
欲望が強めのコウさんは、
あくまでイメージですが、
「欲しいもの」(800)-「持っているもの」(400)=プラス400という状況で、実はコウ氏も、欲望が強めのカン氏と同じように『ストレス』を抱えているのです。
ポイントは『同じように』という文言です。
私とコウさんでは、
年収も保有資産額も、
年間に残るお金も、
すべてが「桁違い」なのですが、
意外にも、
お金で満たされていない、
イマイチ豊かさを実感できないという「点」で二人は同じなのです。
資産の多寡、
収入の多寡にかかわらず、
「欲しいもの」と「持っているもの」の差によって豊かさを計るという方法は、普遍性を帯びます。
——あなたはどうでしょうか?
持っているものより、
欲しいもののほうが多いですか。
それとも、欲しいものはあまりなく、心が満たされていますか。
お金にまつわることは
実は『数字』(量)の大小ではなく、
本質はバランス(均衡)で決まるのです。
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