1980円の答え探し【創作大賞】
1980円の答え探し
2022年の夏だった。
当時の僕には特別な趣味もなかった
目標もなく、夢もなかった。
仕事が終わって飯を食う。
スマホをいじり、眠くなったら寝る。
休日も昼近くまで寝て、インスタ、X(旧Twitter)を眺め、ポケモンやスマブラをして終わる。
気付けばまた月曜日だった。
別に不幸だった訳じゃない。
仕事もあったし、同棲している彼女もいた。もちろん友達もいた。だから生活に大きな不満はなかった。でも満足もしていなかった。
心のどこかでずっと思っていた。
「このままでいいんだろうか。」
「何か変えなきゃいけない気がする。」
でも何をすればいいのか分からない。行動する勇気もなかった。だからあまり考えないようにしていた。
そんな頃だった。
友達の家へ遊びに行った。
昔からの親友で一時期は同じ職場で働き、ほぼ毎日一緒にいた。仮に彼を「F」と呼ぶことにする。
深夜までUFCのゲームやウイイレをして、
将来の話なんて一度もしたことがなかった。
その日が楽しければそれで良かった。
一緒にアホなことを言って笑っていた仲だった。
だからその日も、いつも通りのつもりだった。
部屋に入ると相変わらずタバコの匂いがした。
でも目の前にある景色は前に来た時とは違った。
最初に目に入ったのは大量の本だ。
壁際の棚にも。机の上にも。
積み上げられるように置かれていた。
驚いた。
前はそんなやつじゃなかったからだ。
会話も変わっていた。
「今は資金を作ってる」
「俺はここを目指してる」
「だから今はこれをやってる」
当たり前のように将来の話をしていた。
Uberで資金を作りながら、
海外のブランド服の物販にも挑戦していた。
ちゃんと自分の人生を前に進めていた。
何より驚いたのは使う言葉だった。
「言葉には気をつけた方がいい」
「結局自分に返ってくるから」
「絶対成功する」
「俺ならやれる」
少し前まで、一緒にバカな話をしていたFがそんな言葉を自然に口にしていた。
その時の僕は会話についていけなかった。
将来の話をしていた時、その場をやり過ごす為に出てきた言葉が「俺も金持ちになりたい。」だった。
自分でも驚くほど中身のない言葉を発していた。
本当は金が欲しかった訳じゃない。
何かを成し遂げたかったし、認められたかった。
「自分の人生を生きている」と言える何かが欲しかった。でも当時の僕には、それを言葉にする力がなかった。
的外れなことを言ったり、分かったふりをしたり、
知ったかぶりもした。でも、もう無理だった。
話せば話すほど、自分だけが置いていかれている感覚に襲われた。
それは嫉妬ではなかったし、「こいつ意識高いな」とも思わなかった。
むしろ逆だった。
純粋に寂しくて、ひとりぼっちになった気がした。
つい最近まで同じ場所にいたはずなのに、急に遠くへ行ってしまったような気がした。
「もう昔みたいに笑い合えなくなるんじゃないか。」
「いつか話も合わなくなって、自然と離れていくんじゃないか。」
そんなことばかり考えていた。
帰り道。夜風に当たりながら歩いた。
顔から火が出るほど恥ずかしかった。
惨めだったし、何よりもダサかった。
Fに置いていかれたことが悔しかったんじゃない。
ただ苦しかったのは、
大切な親友と同じ景色を見られなくなっている気がしたことだった。
家に帰ってもなかなか眠れなかった。
電気を消して、布団に入る。
でも目を閉じるたびにFの顔が浮かんだ。
本棚や将来の話。
「俺はここを目指してる」という言葉。
何度も何度も頭の中で再生された。
ぼんやりと天井を見つめた。
SNSを見る気にもなれなかったし、当然ポケモンやスマブラをやる気になんてなれなかった。
ただ暗い部屋の中で考えていた。
その夜、一番苦しかったのは友達の変化じゃなく、
「自分の空っぽさだった。」
目標も夢もない。
語れるほど好きなものもない。
Fは自分の人生を歩いていた。
じゃあ俺は何を歩いていたんだろう。
何をすれば変われるんだろう。自分とFとの間にある差は何なんだろう。こんな自分でも変われるんだろうか。
もしこのまま何も変わらなかったら、いつかFに見限られてしまうんじゃないか。話が合わなくなってしまうんじゃないか。
そんな不安が頭の中をぐるぐる回っていた。
でも答えは出なかった。
ただ苦しくって、ただ寂しかった。
気付けば朝になり、次の日も寝不足のまま仕事へ向かった。トラックを運転しながら昨日の会話を思い出す。
窓の外を流れる景色はいつもと何ら変わらない。
でも、昨日の自分と今の自分とでは世界の見え方があきらかに違った。
Fの言葉。整然と並んだ本棚。将来の話。
そして、知ったかぶりをしていた自分。
思い出すたびに顔が熱くなり、ハンドルを握る手が震えた。恥ずかしかった。消えてしまいたかった。
でも同時に考えていた。
「じゃあ俺は何をすればいいんだろう。」
「何から始めればいいんだろう。」
仕事を終えた帰り道だった。
夕方五時過ぎ。真夏の熱気がまだ道路に残っていた。風を切っても全然涼しくならない。
外にいるだけで汗が滲むような暑さだった。
結局答えは見つからなかったが、それでも何かしなければと思っていた。何でも良かった。
このままの自分を変えるきっかけが欲しかった。
「なんだか家に帰りたくないな。」
そう思っていた時、Fの家に並んでいた本棚を思い出した。家に帰るのをやめて近所のGEOへ立ち寄った。
本なんてほとんど読んだことがない。だから何を選べばいいのかも分からなかった。
店に入ると、GEOの冷房がやけに涼しく感じた。僕は店内をぐるぐる歩き回った。
ビジネス書コーナーには
「成功」
「人生を変える」
「稼ぐ」
そんな言葉がずらりと並んでいた。
どれもキラキラしていて眩しく見えたのと同時に、
自分には場違いな場所にも思えた。
作業着には一日分の汗と埃が染み付いていたのもあって、やたらと周囲の目も気になった。
今まで本気で何かに挑戦したこともない。
将来のことも真剣に考えてこなかった。
そんな自分が手に取っていい本なんだろうか。
そんなことまで考えていた。
本棚を眺めるては、タイトルを見る。
手に取っては戻す。そしてまた歩く。
そんなことを何度も繰り返した。
何を選べばいいのか分からなかったというより、
何をすれば変われるのか分からなかった。
自分に何が足りないのかも分からなかった。
だから本を探しているようで、本当は答えを探していた。
店内を何周したのか覚えていない。気付けば二時間近く経っていたと思う。
そこで一冊の本が目に止まった。
『アウトプット大全』
樺沢紫苑さんの本だった。
やたらと分厚く重そうだったが、表紙はとてもキャッチーな本だった。そのギャップが何となく気になりページをめくる。
そして最初の数ページで、僕の手が止まった。
「現実はアウトプットでしか変わらない」
何度も読み返した。衝撃だった。
今なら当たり前の言葉かもしれない。
でも当時の僕には違った。
「変わりたい。」
「でも何をすればいいか分からない。」
そんな人間だったからその言葉は答えに見えた。
初めて見つけた、自分にもできそうな答えだった。
値段は1980円。
正直、安い買い物じゃない。半信半疑だった。
でも少しだけワクワクしている自分もいた。
今まで感じたことのない種類のワクワクだった。
家に帰ると着替えもせずに作業着のまま夢中で読み始めた。読まなきゃいけないからじゃない。
気付けばページをめくり、貪るように読んでいた。
そこには特に難しいことは書いていなかった。
本を読んだら人に話すこと。
自分の言葉で書くこと。
行動すること。
ただそれだけだった。
でも当時の僕には、それが新鮮だった。
そして思った。
「それくらいなら俺にもできるかもしれない。」
本を閉じると、すぐに近所のセブンへ向かった。
ノートとペンを買うために。
家へ帰り、本に書いてあったことを自分の言葉で書き始めた。当時まだ彼女だった今の妻にも読んだ内容を話した。
彼女はただ、「へぇ、面白いね」と笑って聞いてくれた。今思えば何気ない会話だった。
でも僕は嬉しかった。
本を読んで、誰かに話して、それを聞いてもらう。
そんな当たり前のことが、どういう訳かものすごく楽しかった。久しぶりに時間を忘れた気がした。
今でも覚えている。
それは、何かが始まるような感覚だった。
最初に買ったノートはすぐに文字で埋まった。
当然、上手く書けていた訳じゃない。
その日あった出来事をただ書いた日記から始めた。
「今日は朝5時に起きて仕事に行った。」
「晴れだったので気分が良かった。」
「上司の無理な配車にイライラした。」
そんな簡単な内容の物ばかりだ。でも、その時の僕は必死だった。自分を変えたかったからだ。
それから毎日ノートを開いた。最初の頃は本の内容を書き写すだけで、自分の考えなんて一行もない。
今読み返すと笑ってしまう。
でもある日、本の余白に
「本当にそうだろうか」と書いている自分がいた。
たった一行だったけど、その一行が嬉しかった。
初めて自分の頭で考えた事を書けた気がしたからだ。周りからすれば小さな変化かもしれない。
でも当時の僕にはとてつもない大きな変化だった。
そして数年が経った。
今でも自分が何者なのかなんてよく分からない。分からないことの方がずっと多い。でも昔ほど焦らなくなった。自分を知れば知るほど、新しい問いが生まれるからだ。
人を知りたくなる。世界を知りたくなる。人生を知りたくなる。そしてまた自分を知りたくなる。
あの日、Fの部屋で感じた孤独はもうない。
今、Fはカナダにいる。年に一度会うたびに、
「また成長したな!」と笑い合えるようになった。
そして決まって、「でも根っこの部分は変わってなくて安心した!」と言い合う。次会う時はもっと成長した姿で会おう。そう言って別れる。
あの時、必死に知ったかぶりをしていた自分には想像もできなかった未来だ。
本当に辛かったし苦しかった。でも今は、あの夜Fの家に行って本当に良かったと思っている。
もし行かなかったら、僕はきっと今頃変わり始めた人たちを見て、また同じように焦っていたと思う。
あの日の孤独は僕を苦しめた。
でも同時に僕を動かした。だから今も思う。
あの日GEOで探していたのは本じゃない。
「答え」だった。
そして皮肉なことに、答えは本の中にはなかった。
本を手に取ってノートを買って、自分の言葉を書き始めた。あの日の僕の中にあった。
もしあの時完璧な答えを手に入れていたら、今の僕はいないかもしれない。自分を知りたいと思ったし、喉から手が出るほど答えが欲しかった。でも振り返ると、僕を変えたのは答えじゃなかった。
「問い続けたこと」だった。だから今も書いている。
こうしてnoteに文章を書いている。
あの日GEOで探していた答えは今もまだ探している途中だ。でも、それでいい。
昔の僕は1980円で答えを買おうとしていた。
でも今の僕は違う。
答えがなくても歩けることを知った。
だから明日もまた書く。
僕の人生はあの日から少しずつ動き始めたのだから。
※本文中の「現実はアウトプットでしか変わらない」は、樺沢紫苑『学びを結果に変えるアウトプット大全』(サンクチュアリ出版)より引用
