「色気がない」と言われたので、奥行きで殴り返した
いやもう、タイトルの意味が自分でも分かりません。
わたしが美大生だった頃のお話です。
同期の男子が、女子大の子たちと合コンをするらしかった。
1週間前からそわそわし、
無駄に髪の毛のハネを気にし、
いつもより10段階くらい浮かれた顔をしていた。
で、その日もみんなでダラダラご飯を食べていたら、その話になった。
わたしは何の気なしに聞いた。
「女子なら、うちの学校にもおるやん」
すると彼は、心底どうでもよさそうな顔で、こう言い放った。
「だって、美大の女子なんてさ、ぜんぜん色気ないじゃん」

空気が固まる。
おぬし。
複数の美大女子を目の前にして、
なんという命知らずなことを言いおるのか。
一瞬の沈黙ののち、女子勢が一斉に牙をむいた。
「あんたさ、奥行きも出せないくせに、
女子大生と合コンやるんじゃねえよ」
「わたしらはな、奥行き出せるんだよ!」
彼は黙った。
顔には「あ、やべ」と書いてあった。
……いま、画面の向こうの皆さんはちょっと「ん?」ってなってますよね。
大丈夫です、書いているわたしも順調に「ん?」ってなってます。
色気の話をしているのに、なぜ我々は「奥行き」で殴り返しているのか。
説明しよう。
美大という特殊な場所にいると、人を見る物差しが、ちょっとおかしくなる。
顔がいいとか、話がうまいとか、服がおしゃれとか。
そういう世間の「モテ」の評価軸のすぐ隣に、当たり前みたいな顔をして、もうひとつのドデカい軸がそびえ立つ。
「この人は、絵に奥行きを出せるのか」
……まだ「ん?」ってなってますよね。
ですよね。
もっと詳しく解説しちゃいます。
奥行きが出せないと、キャンバスの上で色んなことが起きる。
描いた椅子の脚が、4本それぞれ別の方角へ旅立っていく。
机が、ペラッペラの湯葉みたいになる。
部屋の床が、水面のように波打つ。

彼の絵は、そういう絵だった。
つまり、わたしたちが下した審判は、こうだ。
「合コン行くより、まず奥行きだろ」
わかってる。
マウントの取り方として、明らかに座標がおかしい。
モテと奥行きに、関係などあるはずがない。
立方体をまっすぐ描けたって、合コンでは1ミリもモテない。
あの男子は、ただ合コンに行きたかっただけだ。
女子大の子と、楽しくお酒を飲みたかっただけなのに。
そこに我々が、奥行きという謎の基準を持ち込んだ。
そして勝手に、「まだ早い」と裁いた。
まあ、彼の言い分も、わかる。
当時のわたしたちは、
ふわふわワンピの代わりに絵の具だらけのツナギを着て、
巻き髪の代わりに頭皮が引っ張られるほどのひっつめ髪、
そして香水の代わりに油絵の具の匂いをさせていた。

女子大生というより、完全に現場の人だ。
だから、「色気がない」は、図星だった。
だけど、奥行きも出せない人に
「色気がない」とか言われたくなかったのだ。
デリカシーのない男子も男子だが、
奥行きでマウントを取り返す女子も女子である。
アホだ。
全員、まごうことなきアホである。
でも。
彼の奥行きのなさをこき下ろしておきながら、
あの日のわたしたちは、合コンの成功を祈って、彼を送り出した。
「前髪、もうちょっと切ったほうがいい」
「髭は剃っていけ。絶対に剃れ」
「あと、奥行き」
一人、まだ奥行き係を続けている人がいた。
なんだよ、仲良しかよ。
うん、めちゃくちゃ仲良しだった。
それでも今も、ちょっとだけ思うのだ。
合コンに行くなら、せめて机はペラッペラに描かないで欲しいな、って。
ちなみに、その男子は卒業後、
美大出身の女性と結婚した。

あの日「美大の女は色気がない」と言い放った男が、
巡り巡って、絵の具まみれのツナギ女子と所帯を持った。
結局、奥行きの出せる女には敵わなかったらしい。
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