あの頃、わたしはイカだった
あの頃、わたしは確かにイカだったと思う。
昼はイカを氷に敷き詰めて、生徒たちとイカを見つめ、
夜はワタごと炒めてイカを味わった。
「イカに人生を侵食されたひと月」を、今日はそっと供養します。
絵の先生をしていると、ときどき、
生活のすべてがモチーフに見えてくる瞬間があります。
スーパーでパイナップルを見れば「この柄、描かせてぇな…」と思い、
イワシのウロコを見れば「この青光り、どう表現させよう…」と心が躍ってしまう。
そんなある日、スーパーの鮮魚コーナーで「こいつは……!」と目を奪われたのが、イカでした。
形も模様もツヤも構造も、ぜんぶユニークで美しい。
これはもう、描いてもらうしかない。
そうして始まった、「今月のモチーフはイカ」月間。
当時は150人近くのこどもたちがいましたから、
順番にイカを観察させるということは、
わたしがその分のイカを用意する、ということで──
つまり、毎日のようにイカを買い、そしてイカを食べる日々が始まったということです。
最初のうちは張り切って、氷を敷き詰めたトレーにイカを美しく並べ、
「今日のイカもツヤッツヤだよ〜!」と楽しくレッスンをしていたものの、
日を追うごとに変化が。
わたし「吸盤ひとつひとつのかたちを観察してみてね…」
脳内(バター醤油……いや、唐揚げか……でも大葉と梅で和えたら、箸止まらんやつじゃん……)
わたし「イカのプリプリ感と模様がよく表現できてますね…」
脳内(下処理、もう慣れたな……ってかイカって冷凍した方が柔らかくなる説、ガチだったな……)
……もう、授業中に、夜ご飯の献立を考えている。
いや、指導はちゃんとしてるんですよ。してるんだけども。
イカの世界にどっぷり浸かるうちに、イカのレシピにも詳しくなってきてしまい、
「今宵はイカにしてイカを食すか」みたいなことを、レッスン中に真剣に考えている。
途中で一度、モチーフをエビに切り替えたこともありました。
表向きな理由は「造形が美しいから」だったけど、
正直「イカ、食い飽きた……」ってのもあったと思います。
だってさ、ほんとにイカなんですよ。
昼も夜もイカ、イカ、イカ。
思ったより、イカ食う量、多くね?
とはいえ、イカの魅力を存分に伝えられたのもまた事実。
「イカ描くの〜?やだ〜!」と最初は言っていた子どもたちも、
いざ一緒に観察を始めると、目を輝かせてイカの絵に夢中になる。
「イカって、ちゃんと見るとこんな模様してるんだね!」
「なんか…宇宙生物みたい!」
──そんな言葉がぽろぽろこぼれて、描き終えるころにはイカ愛が芽生えてたりする。
絵の先生冥利に尽きる瞬間です。
……夕飯は当然、イカでしたけど。
そうして私が1ヶ月を経て辿り着いた真理は、これ。
イカはバターでワタごと、醤油と酒で炒めるのが1番美味い。
これは本当に。わたしの正解。
あ、イカのおすすめレシピがあれば、ぜひ教えてください。
次回モチーフにするときに、参考にさせていただきます(※真剣)。
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