【ピリカ文庫】カーディガン【ショートショート】
「結婚したら、もう恋はしないんですか?」
言われた意味が分からず横を振り向く。
「こういう店で働いているということは、結婚されているんですよね?」
「すごいこと聞くね。まあ、人それぞれなんじゃない?」
「ありがとうございました。」
店を出たところで、車で出るお客様を一緒に深くお辞儀をしてお見送りする。今言われたことは何だったんだろう。
この年下の男の子は一体何を言っているんだろう。初対面の私に。
やっと機体が滑走路を走り出し体が宙に浮いた。もう引き返せない。まるでチープなドラマのように隣には最愛の人が座っている。とても現実とは受け止められず、私は小さなため息をつく。どうしてこうなってしまったのか全然わからない。なんであんな暑い国へ行こうなんて思ったんだろう。一ヵ月前に、いつか一緒に海外へ行きたいな、と言っただけなのだ。人生は何が起こるかわからない。言ったことがすぐ現実になることもある。それは周囲から見ればモラル違反なのは承知なのだが、何度考えても自然な流れで、その流れに逆らう方がまるで不自然と思うのだ。
彼は機内でカーディガンを羽織り出した。カーディガンを着る姿をはじめて見た。知らないことが多すぎることに心がチクりと痛む。機内食で出た大福もちを半分食べて、「食べる?」なんて聞いてきたのには本当に驚いた。「うん」と言ってかじりかけの半分をゆっくりと食べる。友達からいきなり彼女に昇格でもしたんだろうか。とりとめのないことを考える。
その時にふと思い出した。
「結婚したら、もう恋はしないんですか?」
結婚しても恋はするかもしれない。結婚したら恋をしないなんて、そんな保障なんてどこにもない。恋はするんじゃなくて落ちるもの。でもそれはカーディガンのようなもの。本当はカーディガンなんて一枚も持っていなくたって生きていける。だけどあると便利。あると便利だからっていらない人もいる。それ以上でもそれ以下でもない。それだけのことだ。
暑い国では、連日の猛暑とトラブルで、見たくないものを沢山見た。失望と諦めの連続で、やっぱりカーディガンは私には必要がなかったのかもしれないと自分の家が恋しくてたまらなくなった。結局、得るものよりも失ったものの方が多い苦い旅だった。
帰りのリムジンバスに乗り込んで窓から外を見ると、彼がウキウキと楽しそうに振り返りもせず帰って行く姿が見えた。「似た者同士」急に悲しい笑いがこみ上げてきた。
・・・
私にピリカ文庫からお声がかかるとは思ってもみなかった。
思えば、このピリカ文庫のロゴを作った時がはじまりだった。そこから、ピリカグランプリ、すまいるスパイスとご縁が続いている。
改めて、ピリカさんありがとうございます!!めっちゃ嬉しいです!!そして今も私はピリカさんの大ファンです❣️
