時計【ショートショート800字】
母が泣いている。
父はまたかという顔をしつつ、もらい泣きしそうなのを堪えているように見える。
今日、私は結婚した。
正式に言うと婚姻届けはもう出したのだけれど、今日は結婚式なので、やっぱり今日結婚した、というのも正しい気がする。
浮足立った心とは裏腹に妙に冷静な自分もいて、婚姻届けを出した日と、結婚式を挙げた日と、どちらが結婚記念日になるんだろうかとぼんやり考えていたりする。
夫になった雅也くんは大学の先輩で、友人の紹介で出会った。
とにかく顔が好みだったのはもちろん、性格も何て言うか、波長が合うというのはこういうことを言うんだ、というぐらい初めから何もかもぴったりだった。
いずれ転勤する彼と離れ離れになる前に、私は大学を卒業してすぐに結婚することになった。
結婚は雅也くんの両親の強い勧めもあった。
地元の子と結婚させたかったのだろう、確かに、私もそれは何となくわかる。
雅也くんの薬指には結婚指輪がはめられ、左手首にはお父さんからもらったというカルティエのパシャが見え隠れする。
美月が彼氏をはじめて家に連れて来たのはいつだっただろう。
名前を聞いた時、ふとあの人のことを思い出したけれど、よくある苗字だとさして気にはしていなかった。
結婚生活は、人並みに大変なことも楽しいこともあり、幸せだったと思う。
それでも、順番が違っていれば、人生は変わっていたのだろうかと、とりとめのないことをふと考えることがある。
憧れの人を真似して買ったパシャは、結婚してから使うこともなく、数年前に売ってしまった。
売ったお金で家族4人分のアップルウォッチを買った。
優しい顔、渋い声、柔らかい手、悲しい眼差し。結婚式までどうやって過ごしたのか記憶がない。神様は時々ドラマティックないたずらをする。
涙の中に、幸せな母親を演じることが出来ただろうか。
外に出ると、ぶわんと大きな風が吹き目を閉じる。
あの人の手にはアップルウォッチが光っていた。
(一部修正しました)
・・・
昨日告知したピリカ☆グランプリの詳細が発表されました!
皆さんにおすすめするに当たり、私も書いてみた次第です。
はじめて書いたけど結構楽しかったので、どしどしご応募お待ちしております☆
☆カニも審査員として参加させていただきます☆
今日のショートショートのアイデアは、emilinさんからいただきました。
昔、パシャが流行ったよね〜!という話から、高級時計を売って家族のアップルウォッチを買ったという話。
emilinさんは、私のヨガの先生。
ここでお礼申し上げます!
