わからないがわかる話

アニメの感想をみていると「わからない」と言われる作品がある
「わからない」作品は評価が低い

最近の傾向ではあるが
「わからない」作品は
「つまらない」作品であり
「叩いていい」作品であり
「失敗した」作品とみなされているように思う

ちょっと「わからない」を考えてみようと思う

「わからない」って何?

まずは作品が何を表現しているかを『理解』できるかどうか
『理解』の「わからない」は『意味不明』ということだな
『意味不明』なものは基本的に言語化できない

もう一つ気持ちに『共感』できるかどうか
『共感』の「わからない」は『拒絶』ということになる
『拒絶』するものは「わかりたくない」と言える
生理的嫌悪が発生する

整理して分類してみよう

解釈一致 「理解」「共感」

言いたいことは「わかる」
気持ちも「わかる」
これは満場一致で「わかる」

解釈違い 「理解」「拒絶」

言いたいことは「わかる」
気持ちは「わからない」
「お前がそう思うんならそうなんだろう
 お前ん中・・・・ではな」(式島滋『少女ファイト』)

エモい 「意味不明」「共感」

言いたいことは「わからない」
気持ちが「わかる」
「よくわかんないけど
 なんかわかった!」(マチュ『GQuuuuuuX』)

キモい 「意味不明」「拒絶」

言いたいことは「わからない」
気持ちも「わからない」
「気持ち悪い」(アスカ『新世紀エヴァンゲリオン』)


「わかりたくない」という生理的嫌悪

『解釈違い』は言いたいことは「理解」してる
『エモい』は「共感」できる
この2つは「わかる」に入れることができる

つまり本質的な「わからない」は最期の一つ『キモい』だ
『キモい』は単に「わからない」だけじゃない
「わかりたくない」という生理的嫌悪がある
つまり精神が『理解』と『共感』を拒んでいるといえる

この心理がなぜ働くかを考えてみよう


そもそも『理解』とはなにか?

『理解』といっても『客観的事実』を完全に把握してる人は少ない
というか無理

『客観視事実』をどこまで把握できているかは個人差がある
人によっては相手の精神の完コピレベルまで近づける人もいれば
1ミリもわかってないのにわかったと錯覚してる人もいる
しかしそれは観測できない
他人の心は本質的に見えないために他者と他者の認識が一致しているかを観測する方法がないためだ

作者自身が認めればいいと思うかも知れない
これも違う
自己は自己を客観視できないため逆説的に自分ほど自分のことを理解できていない存在はいないと言える
例えばゴッホに対して「あなたの絵はあなたの自身の生きづらさや他者から評価されない苦悩という世界への絶望と狂気がこめられていて素晴らしいですね」と言ったらゴッホはブチギレるだろう
『芸術』とは本質的に作者が言語化しきれない精神を作品にこめたものでありそれを『考察』し言語化するのは『無粋』な行為と言える

いくら『客観視』しようとしても相手の意図を完全に『理解』することはできない
あくまで自分の主観で『理解』というカタチの中に入れているにすぎない
『理解』とは『納得』と置き換えることができる

つまり『理解』とはどうしようもないくらい主観にすぎないということだ

「わからない」ことは『恐い』

「わからない」ということは主観で脳が『理解』できていないと認識していることになる
この「わからない」という事象に対し脳がどう判断していると言うと『恐怖』なのだ

つまりアレだ オバケだ!
いきなり例えが小学生レベルになってるけど仕方ない
オバケは怖いのだ

オバケが恐いのはなぜか?
「わからない」からだ
いままで自分が持っている『常識』という枠外の存在
解明できない存在
何をされるかわからない『ナニカ』だ

つまり「わかりたくない」という生理的嫌悪の正体は『恐怖』なんだよ!
なっ!ナンダッテー!?

でもオバケの『恐怖』は命に関わる怖さだよね?
作品が「わからない」からといって命にかかわらないよね?
なんで『恐怖』するの?

「わからない」は『自我』が破壊される『恐怖』

「わからない」からと言って肉体的に死んだりはしない
当たり前だ
肉体的には死なない
でも『恐怖』するということは精神的に『死ぬ』リスクを恐れているわけだ

「わからない」ということは自分が今まで生きて培ってきた『常識』の範疇から外れたことを意味する
『常識』とは『個人』が持っている『世界』に対する『理解』だ
つまり『自我アイデンティティ』なわけだ
『恐怖』の先にあるのは『自我』の破壊

「わからない」は『自我』が壊される殺される可能性がある
いままでの価値観がガラっと変わってしまう
だから『恐怖』するわけだ

「わからない」は確かに危険な劇物

「わからない」では確かに肉体は死なない
しかし『自我』が壊される『恐怖』がある

『自我』が否定されるということは何か?
「今までのお前の価値観は間違っている」と認識することになる
過去の大切な想いが壊される
成功体験や失敗体験を作ってきた価値観そのものが変わることで自分を作ってきた大切な想い
が壊れてしまう
それを恐れて「わからない」から逃れようとする

「わからない」は劇物であり『恐怖』を生み出す『ナニカ』
『恐怖』から逃れようとするのは当たり前の反応だ

冷笑主義という自己防衛

「わからない」という『恐怖』に対する最強の自己防衛反応
「わからない」と感じた瞬間に「知ってる」に変換するライフハック生活の知恵

「わからない」という事象に出会った場合『何を伝えたいのか?』を『理解』しようとしない反応
『何を伝えたいのか?』を考えてしまうと最終的に「わからない」ことになり『恐怖』するわけだ
それを事前に察知することであえて「わかろうとしない」逃げの姿勢を示すのが冷笑主義

しかし単なる『逃げ』だとプライドが損なわれ『自我』が傷つく
そのために相手が『何を伝えたいのか』からは目をそらし『なぜそんなに必死で熱くなってるのw』と行動原理や情熱を否定するのが冷笑主義
これが「うおw」だ

言ってしまえば「お化け屋敷なんて子供騙しだよねw」と冷笑することでお化け屋敷にはいるのを拒む行動と同じ
入ってしまったら『恐怖』する
だから入る前に「わかってる」と宣言する
「わからない」可能性が見えた瞬間に「わかったふり」をすることで『恐怖』を回避するライフハック
それが『冷笑主義』

これによって『自我』は保たれる
安全で変化がない
安心だ
安心か?

『自我』に変化がないって良いことなのか?

『自我』とは何か?
『自我』とは自分の世界だ

世界を自分が認識するための視点と言っていい
『自我』が壊れるということは確かに『自尊心』が損なわれる
『恥』をかくことになる

でもそれって
今まで『恥』を知らなかったってだけじゃないか?
もともと『恥しらず』な行動を気づかずしていただけ
『自我』が壊れて他者視点を学んだことにより
『恥しらず』が『恥』と認識できるようになっただけじゃないかな?

『厨二病』は恥ずかしい
しかしリアル中二だったときは恥ずかしい思わなかった
『恥』を知らなかったわけだ
『恥』を知ってからは枕に顔を突っ込んで足をバタバタさせるほど恥ずかしいと感じるようになった

『恥』を知る前と知ってからの自分
どっちが『成長』してると言える?

無恥の知

『恥』を知るということは『恥ずかしいことをする』という意味ではない
『恥ずかしいことをしていた』過去を反省することだ

『恥』は自省である
過去の自分の行為を恥じること
それにより恥じない生き方を選ぶことができる

『恥をかく』ほどに自己を高めることができる
「わからない」は『恥』を知ることで『自我』を拡張するチャンスだ

フィクションで『恥』をかいても死なない
ならばリスクなんて本質的にはない
安全に『恥』をかける場所といえる

「わからない」という『未知』との遭遇

当たり前だが「知ってること」から学ぶことは少ない
学ぶという行為は「わからない」ことから始まる

「わからない」作品を見ていると急にインスピレーションが湧くことがある
急に『自我』の奥底にナニカの答えが見えたような感覚になることがある
『刺さる』という現象だ

今まで知らなかった価値観や視点をもたらし感銘を受ける行為
『刺さる』

「わからない」作品ほど『刺さる』可能性は高い

「わからない」は「つまらない」ではない
知らないことがあるという『未知』との遭遇のチャンス
「わからない」を楽しみましょう


「わからない」ままで終わったらどうすりゃいいんだ?

他の人の感想みればいいんですよ
感想は『他者』視点で作られたその人にとっての答
『正解』ではない

でも『自我』の外にある解釈を安全に見ることができる
他人の感想を見て自分の『自我』の中に答えを作ればいいんです

本来「わからない」は一人で苦しみながら「わかる」にしたほうがいいこともある
苦労はすればするほどよい理論
答えは自分の中にあり他人からもらうものではない
だから他人の『感想』『考察』を見るのは無粋と言ってもいい

でも理想論だけじゃ『答』にたどり着かず挫折するケース多いよね
それって意味なくね?

他者の『感想』『考察』を鵜呑みにしなきゃいい
安心のための材料にするのではなく
自分のなかで答を作るためのヒントにすればいい

私は『感想』『考察』書いてますがこれは私の中の『正解』であってアナタにとっての『正解』ではない
私の『感想』を踏み台にしてアナタ独自の『正解』を見いだしてくれたは嬉しく思う
そしてアナタの『正解』を私が見てさらなる『正解』に近づければいいと思う

そんなわけで「わからない」アニメを観ましょう
アナタの感想待ってます

#エッセイ部門

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