アクタージュの原作者がマンガワンで連載していたそうな

一人のマンガオタクの気持ち
個人の感想です


『星霜の心理士』の原作者がアクタージュの原作者だったそうな

2020年8月に強制わいせつ容疑で逮捕・起訴
有罪判決(懲役1年6か月、執行猶予3年)

執行猶予の期間が満了した
罪は償ったという立場だから問題ないって論調で書いているように感じる

なんかモヤっとする

ちょいと整理して考えてみる

『勇者一行の心理カウンセラー』は2024年7月22日に公開されたようだ

Xで検索してみた
既にリンクは切れている

これが『星霜の心理士』の原案となった『勇者一行の心理カウンセラー』と同一かはわからない

仮にこれが原案として時系列を整理する

時系列


2020年8月5日
 原作者のXの最後の反応

2020年8月8日
 原作者が強制わいせつ容疑で逮捕


2024年7月22日
 『勇者一行の心理カウンセラー』公開

2024年8月29日
 マンガワンの編集者より原作者のXアカウントに面会を打診

2024年8月30日
 『勇者一行の心理カウンセラー』の存在を共有

2024年9月6日
 当時の編集長の了承の元、原作者と初面会

時期不明
 作画の雪平薫先生と原作者、担当編集者が対面
 過去のペンネームと事件の経緯を説明

2025年8月6日
 『星霜の心理士』連載開始


疑問

4年間動いていない原作者Xに連絡した
原作者は1か月前に小説を書いていて
マンガ化する流れになって
1年後連載開始になった

マンガワン編集者から原作者に「なんのために」連絡をとったのだろうか?
はじめから漫画連載する前提で声をかけたとしたらどういうつもりだったのか?

原案『勇者一行の心理カウンセラー』が素晴らしいから打診したらたまたまアクタージュの原作者だったということではなさそうだ
時系列から考えると原作を続ける意思があるかわからない原作者に打診をしたらたまたま1か月前から小説を書いていたと知ったように見える
これには編集者側はどういう意図があったのだろうか?

はじめから漫画連載目的でマンガワン側から原作者に接触したように感じる
この認識が合っているかどうかはわからない
できればわかるように説明してほしいと思う


たしかに法的には問題がない

『常人仮面』と違い作画担当は事情を了承している

でもどうなんだろう?
なぜモヤっとするのだろうか?
それは私が『読者』の視点だからだと思う

「アクタージュの原作者が名前を隠して復帰している」という事実を『読者』は知らない
原作者が心理カウンセリングを受けていることも知らない

この事実を知るか知らないかでマンガに対する印象が変わるんじゃないか?

掲載誌がジャンプじゃないのは、名前を変えたのはアクタージュを復活させるつもりがないのか?
「心理カウンセリング」が『取材』としての経験になったような印象をうけないか?

こういった気持ちを持ってしまう
『裏切られた』ように感じでしまう
マンガワンや編集者が『読者』を騙したように感じてしまう

八ツ波氏は、旧ペンネームで活動することによって被害に遭われた方々に事件に関する記憶を呼び起こすことなどを懸念し、二次加害に繋がらない状況での執筆活動を希望していました。

https://www.shogakukan.co.jp/news/477332 より引用

旧ペンネームを使用すると二次被害につながると認識していたのなら
『ペンネームを隠して活動していたことが知られた』ときには二次被害になるとは思わなかったのだろうか?

この認識は間違っているのだろうか?

『星霜の心理士』は心理カウンセリングのマンガだ

心理カウンセリングは相談者との信頼関係が重要だと思う
もし 心理カウンセラーが『嘘』をついて『騙していた』と知ったら今後相談者は心理カウンセラーを信じることができるのだろうか?

本作執筆にあたりペンネームを変更したのは、上記の通り被害に遭われた方々への配慮が最大の理由です。

 

どうも私はこの言葉が信じがたい

『被害者配慮』という大義名分を持ってして『嘘』を正当化しているように思える
『被害者のため』にペンネームを変えたという言葉
これは逆の一面では『被害者のせい』でペンネームを変えざるを得なかったと言い換えることができる
自身の『嘘』という行為を『他人のせい』『被害者のせい』にしているように思えてしまう

もしも本当に罪の意識があるのなら『被害者のせい』に思えるような言い訳を『被害者配慮』として使わないと思ってしまう
それは相手の『心理』に負担をかけることだ
心理カウンセラーを描くマンガを描く者なら理解できるはずでは?と思える

もしも『身バレするのが怖くてペンネームを変えました』という理由なら私は信じたと思う
仮にそれが『嘘』だとしてもそこに『被害者配慮』を感じたと思う
私は『嘘』をついた当事者本人が『被害者配慮』という『言い訳』を使った時点で信じるに値しないと思う

担当心理士は、八ツ波樹氏の心的療養、更生が十分になされていると判断しています。これをもって社会復帰を目指すことは否定すべきではないと編集部は判断しています。

「漫画(原作)を読んで涙が出たのは生まれてはじめてで、これは自分が描くべき作品だと感じた。本作のテーマや社会的意義、おもしろさは世に広めるべきだ」と作画依頼を受諾いただきました。

これらは『説明』に必要なことなのか?
誰のための『配慮』なんだ?
法的に問題ない 担当心理士も問題ない 作画担当も問題ない
これを『誰』に伝えることでどんな『心理』を誘導して『何』を求めている?

『被害者』や『読者』は空気読めという『配慮』をしろと言われているように感じる
『被害者』へ『配慮』をしたのではなく
『被害者』に『配慮』を求めているように感じる
『嘘』をついてきた『利益』で繋がっている者たちの『言い訳』にしか思えない

本当に他人の心に『被害者』の心に寄り添い『配慮』するのであれば
心理カウンセラーなら理由を『自分のせい』にするのではないだろうか?
自分たちの『利益』になることは『説明』に加えないのではないだろうか?
『嘘』がバレた時に『被害者』が傷つく行為を行うことを『被害者配慮』というのは私には理解できない

第三者委員会に判断を委ねる前に自身らの問題点を『熟慮』し具体的に記載し謝罪するのが『誠意』ある対応ではないだろうか?

もし今回のマンガワン騒動がなければ

おそらく週刊誌の取材がなければこの事実は公表されなかった可能性が高い

アクタージュの原作者と『知らなかった』という状態を維持できたはずだ
『星霜の心理士』は『たまたま』マンガ賞を受賞したかもしれない
そこで『こんな才能を潰してしまうのはマンガ界への損失だ』という世論を形成して完全復帰させることが可能だったように思える

そういった形で民意が形成された場合
『被害者』は声をあげることができる『心理』になるだろうか?

この考えは邪推だろうか?


『読者』の体験への阻害

説明には『読者』への配慮が足りないように思える

過去に性的加害を起こした原作者が関わったマンガを『知らずに』に読む
その読者は『作品』から『感動や感銘』をうけファンとなったとしよう

この『知らない』『読者』は被害を受けていないと言えるのだろうか?

『読者』は『作品』からのみ『感動や感銘』を受けたのであって『作者』の人格や精神性は関係ないということなのだろうか?

これは例えば
「ヴィーガンに黙って肉を食わせること」
「宗教的禁忌の食物を知らせずに食べさせること」
といった行為と同質な『加害』ではないだろうか?

「知らずに食ったのなら問題ないだろ?」
「美味しいって言ってたじゃないか」
と言われたとして納得できるものだろうか?

「料理人はどんなつもりを私に食べさせたのだろうか?」
という点に疑問を持つことも許されないのだろうか?

今回の行為は『読者』に対して『真摯』で『誠意』ある『誠実』な行動だったのか?
『読者』への配慮が欠けた『裏切り』『騙し』の行為であると感じる

私は疑問に思う

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