【試し読み】北村紗衣『女の子が死にたくなる前に見ておくべきサバイバルのためのガールズ洋画100選』より(『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』私はバカじゃない)
『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』——私はバカじゃない
〈ジャンル〉アクションと冒険
女の子だって暴れたい! という時に見る映画です
突然ですが、私は英文学の博士号(PhD)を持っています。そんな私がものすごく共感したのが、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』に出てくる「あたしのことバカって呼んだわけ? あたしPhD持ってんだよ、ボケナス!」というセリフでした。仕事で試写室で見ていたのですが、思わず拍手しそうになりました。
ヒロインであるハーレイ・クインは腕利きかつ札付きの犯罪者で、バットマンの敵ジョーカーのガールフレンド……でしたが、この映画では冒頭で既に別れているので、ふたりの恋の話ではありません。失恋したハーレイがクラブに行ったところ、そばにいた男性客にバカ呼ばわりされます。その男の脚をブチ折った後に心の中でハーレイが言うのがこのセリフです。
別に博士号を持っているから頭がいいとか偉いとかいうわけではないのですが、少なくとも何らかの分野に関して一生懸命勉強し、専門的な知識を持っているのは確実です。博士に限らず、料理人とか宮大工とか、何らかの分野で専門知識や技術を持っている人はそれ相応の敬意を払ってもらえるはずだ……と思うのですが、どういうわけだか私は博士なのによくバカだと思われます。たぶん私が本当にバカだからではありません。おそらくは私がキンキン声でしゃべる小柄な女性で、少なくともこの映画を見たときはまだ若手研究者で、ヒラヒラした赤とかピンクの服を着ていたからです。
『キューティ・ブロンド』の章でもお話しましたが、現実世界で賢いと思われているのは、だいたい健康で、低い声で、スーツなんかのかっちりした服を着た男性です。若いよりは多少年をとっているほうがよく、多数派の民族に属しているとなお尊敬してもらえます。こういう基準にあてはまらない人は𠖱えていてもなかなか賢いと思ってもらえません。多少鋭いことを言うと、かえってこいつはおかしいんじゃないかとか、うるさいとか思われて敬遠されます。ハーレイみたいに金髪をツインテールにしてド派手で騒ぐのが好きな若い女性は、どんなに𠖱えていようと、専門的知識を持っていようと、見た目だけでバカだと思われます。
私も今まで、ハーレイみたいに自分のことをバカ扱いした相手の脚をブチ折ってやりたいと思ったことが何度もありました(もちろん実際にはやりません)。たとえ博士号を持っていたり、腕利きの犯罪者だったり、料理人や宮大工だったりはしなかったとしても、皆さんもハーレイみたいに見た目だけでバカだと思われることがあるかもしれません。この映画は一見メチャクチャで共感できなそうな暴力ヒロインのハーレイを通して、こういう女性のあるあるを全部明快にはね返していく映画です。失恋もバカ呼ばわりも、人生のいろんなつらいことをブチ折って乗り越えていけるんだ……という希望をくれる作品なのです。
製作:2020年/109分/アメリカ
監督:キャシー・ヤン
出演:マーゴット・ロビー、ユアン・マクレガー、ジャーニー・スモレット=ベル、ロージー・ペレス、メアリー・エリザベス・ウィンステッド、エラ・ジェイ・バスコ
(つづきは本編で)
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反響の声続々、重版も決定しました!
『女の子が死にたくなる前に見ておくべきサバイバルのためのガールズ洋画100選』
北村紗衣
http://www.kankanbou.com/books/essay/0641
四六判、並製、224ページ
定価:本体1,800円+税
ISBN 978-4-86385-641-7 C0074
【著者プロフィール】
北村紗衣 (きたむら・さえ)
武蔵大学人文学部英語英米文化学科教授。専門はシェイクスピア、舞台芸術史、フェミニスト批評。
著書に『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち』(白水社、2018)、『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』(書肆侃侃房、2019)、『批評の教室――チョウのように読み、ハチのように書く』(ちくま新書、2021)、『お嬢さんと嘘と男たちのデス・ロード』(文藝春秋、2022)など。
