7年目のランドセル
小学校の入学式の日。
みんなのランドセルがぴかぴかに光る中、
私のだけが渋くくすんで、少しつぶれていた。
私が背負っていたのは、7年目のランドセル。
6歳年上の姉が使っていた、おさがりだった。
入学式前、
こすれて色がはげたランドセルのふちに、
母が赤いマジックで色を塗っていた。
母は「これで大丈夫」と言わんばかりに、
満足そうだった。
ランドセルの赤と、マジックの赤、
色がちょっと違うなぁなんて思った記憶がある。
今だから、思う。
入学祝いに、新しいランドセルを
買ってくれる人はいなかったのかな、とか。
母が「あるから大丈夫です」と
断ってしまったのかな、とか。
でも、決して卑下しているわけではない。
むしろ、どこか笑い話みたいに思い出す。
なぜなら私は、
そのランドセルを嫌だと思った記憶がないから。
もちろん、
なんでも平気な子だったわけじゃない。
服もおさがりが多かったけれど、
姉の時代とは流行が違っていて、
「これは着たくないな」と思った服もちゃんとあった。
だから、
物へのこだわりが全くなかったわけではないと思う。
それなのに、ランドセルだけは、嫌だった記憶がない。
なぜだろう?
鮮明に覚えているのは、
色がはげたランドセルのふち。
あの、少しけばけばした感じは本革だ。
あれ?
ランドセルって、本革だったっけ…
ふと気になって調べてみたら──
姉の時代のランドセルは、
本革が主流だったらしい。
6年後の私の頃には、
クラリーノという合成皮革が普及していて、
周りの子たちは、たぶんそれが多かったのだと思う。
だからなのかもしれない。
あのランドセルには、
周りの子たちのランドセルとは少し違う、
本革ならではの、しっとりした柔らかさがあった。
使い込まれた革の、少し温もりのある感じ。
私はきっと、
あの質感が好きだったのだと改めて思った。
それに、ふたを開け閉めする金具の形も
好きだったことを思い出した。
みんなのランドセルは、
普通の長方形の金具だったけれど、
私のランドセルは、
無限大のマークのような、瓢箪のような、
少し丸みのある形をしていた。
子ども心に、そっちのほうが素敵だと思っていた。
もちろん、誰にも言わなかったけれど。
50年近く経った今でも、
時々7年目のランドセルのことを思い出す。
そして最近になって、ようやく気づいた。
私はあの頃から、
「みんながどう思うか」より、
「自分がどう感じるか」を、
わりと大切にする子だったのだなぁ、と。
新品かどうかより、
手になじむ感じ。
見た目の立派さより、
自分が好きだと思える感覚。
そういうものを、案外ちゃんと持っていた。
そしてそれは今に繋がっている。
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