【ショートショート】 夜に降る飴
幼い頃に祖母から聞いた話だ。
北欧のどこかにあるというその国では、夜になると飴が降るらしい。
澄み切った夜空から、ハートの形をした色とりどりの飴がどこからともなく降ってきて、街の石畳にカチンコチンと音を響かせる。
とても小さい国だそうだ。
世界地図に国名が印刷できないくらいの大きさだから、存在は知られていない。
観光に訪れる人もなく、産業もない。
産物は飴だけ。
飴は毎晩降るから、人々はすっかり飽きてしまって子どもでも取りに行かない。
夜明け前になると、大人たちが拾って回る。
日が高くなる頃には、飴は透明なパッケージに丁寧に入れられて赤いリボンを飾られる。
それから箱に詰められて、海を渡り旅に出るのだ。
好奇心の強い少女がいた。
母親は少女のその性格を心配した。
世の中には知らない方がいいこともある。
そう説いたが、少女は聞かない。
満月が煌々と光る夜。
少女は寝室の窓から逃げ出した。
どこから飴がやって来るのかがどうしても知りたかった。
少女は街を駆けた。
できるだけ高く、とビルの屋上に上がった。
国でいちばん高い十階建てのビルの屋上から空を見上げたが、カチンコチンと音が響いているだけで、何も見えない。
ビルの階段を駆け下りると、少女は森に走った。
国でいちばん背の高いセコイアの木にのぼろうと思ったのだった。
木に取りすがり、空から降ってくる飴を時折り頬張りながら一生懸命のぼった。
いちばん上まで上がると、枝に腰かけている女の子が二人いることに気づいた。
同じくらいの年齢だろうか。
色鮮やかなドレスを着て髪を高く結っている二人は、手にハート型のバックをもっている。
バックに手を入れて空に向かって手をパッとひろげると、飴は風に乗って街のあちこちへ、まるで羽がついているように飛んで行く。
少女は二人の顔を見て驚いたが、それは二人も同じだったらしい。少女に向かって目を見開いた。
二人は双子のように同じ顔をしていたが、その顔立ちが、鏡を見ているように少女と似ていたのだった。
少女は二人の仲間に入ることにした。
それが自然なことに思えた。
少女は自分の家を、両親を忘れた。
今でも夜になると、少女は飴をセコイアの木から降らしているという。
祖母は私を膝に乗せたまま、
「これがその飴だよ。さあおあがり」
と言って手渡してくれた。
私は包み紙をあけて口に放り込んだ。
輝く色が舌の上でとろけて、口いっぱいに甘さが拡がった。
口の中で飴を転がしながら、私は祖母の高く結った髪型を見つめた。
髪型の理由を訊ねたことはない。
世の中には知らない方がいいこともある。
そんな大人びた考えを持っていたわけではなかったが、聞かない方がいいように思ったことはよく覚えている。
祖母が亡くなってずいぶん時間が経った。
私も孫のいる年になった。
今日は娘が孫を連れてくる予定だ。
お菓子の準備はしてある。
私は鏡に向かい、髪をできるだけ高く結い始めた。
<了>
文字数1260文字(ルビ抜き)
最後まで読んで下さってありがとうございました。
シロクマ文芸部さん企画の参加作品です。
お題は、「夜に降る」から始まる創作でした。
シロクマ文芸部さん、いつも楽しい企画をありがとうございます!
