【ショートショート】 今日はつらら弁当
「はい、忘れ物」
美和子が玄関口まで息子を追いかけてお弁当を差しだすと、勝人は露骨に嫌な顔を見せた。
あんたが忘れたんやーん。ありがとうって言うべきところをその顔?
お弁当作ったん誰やと思うてんのー。
数々の呟きが美和子の心に浮かんでは消えた。
いや。消した。
15 才と口論をして朝から嫌な気分になりたくない。
成長期にありがちな不機嫌が分かっていてもなお腹に据えかねることはあるが、ここは四人の子育てをしたプロの母親としては腕の見せどころだと美和子は思った。
「今日のお弁当はあんたの好きなつらら弁当やで」
怒りを隠して無理に笑顔を作ると、
「朝っぱらからキモイ顔すんな」
勝人はぷいと家を出て行った。
長女と長男は社会人、次男は大学生。勝人は年の離れた末っ子だ。
ちょうど出かけるところだった長男が笑いをかみ殺しながら、
「今のはおかんが悪いわ」
そう言って靴を履き始めた。
「つららをエビフライって呼んどった、子どもん時のネタ使うてからかうんやもん」
「でもたまに仕返しせんとストレスたまるしな」
美和子はわざと大きな声で笑った。
家族全員が出かけた後、美和子はベランダに放置されたままの傷のない三輪車を眺めた。
姉弟三人で使った三輪車が壊れてしまったので、勝人のために新しく買ったのだった。勝人は大喜びしたがそれも最初だけで、すぐに興味はゲームにうつり結局ほとんど乗らなかった。
捨てるに捨てられずにベランダにずっと置いてある。
子どもたちは未練たらしいと言って美和子をからかうが、大事に育てた子どもたちの思い出を大切にして何が悪い、と思う。
長女のお気に入りだった赤いよそ行きの靴。長男のプラレール。次男のサッカーボール。どれも捨てることなどできない。
ことに末っ子はこの子が最後の子育てと思うせいか、今でも勝人だけは幼い頃の思い出のフィルターごしに見てしまう。
「さあ掃除でもしよっか」
美和子は掃除機をかけようとして勝人の部屋に入った。間違って何かを吸い込まないように注意していた美和子は、ベッドの下に隠すように雑誌が何冊か置いてあるのに気がついた。想像通り、それはやっぱりちょっとエッチな雑誌だった。
「あらー。かっちゃん」
美和子は思わずため息をついた。
長男と次男の時にも似たようなことはあったが、こんな気持ちになったことはなかった。
「そら、からかわれたら嫌やわなあ」
掃除機をかけ終えると美和子は注意深く雑誌を元の位置に戻した。
「もうすぐ大人やもんな」
今朝の不機嫌な顔がふと浮かんだ。
美和子が何をしても何を言っても微笑まなくなった息子。
「喜ぶと思て、朝から張り切ってエビフライ揚げたんやけどな」
かくんと首を垂れた。
「いや、ちゃうな。エビフライはええねん。あかんかったんはつららや」
親の想いに関係なく子どもは成長する。
そんなこと知っていたのに。
「まだまだプロちゃうな」
美和子はまた一つため息をついてから、「さあ次々と掃除するでえ」と言いながら勝人の部屋を出た。
<了>
文字数1227字
最後まで読んで下さってありがとうございました!
はらとけいさんの#せりふ三題噺企画の参加作品です。
今週のお題は、
■セリフ
「はい、忘れ物」
■三題
・エビフライ
・三輪車
・つらら
でした。
はらとけいさん、いつも楽しい企画をありがとうございます!
