【ショートショート】 ついてない日のツキ
「なんで今日なんだろうね」
知佳はソファで身体を丸めている愛猫のマヌカに話しかけた。
マヌカは飼い主の問いかけに顔も動かさない。
普段より一段と愛想がないのは寒さのせいだろうか。
「私のせいじゃないのよ。停電なんだから仕方ないでしょ」
知佳は口をとがらせた。
漫画家という職業が厄介だと思うのはこんな時だ。
売れないことは悩みでも好きなことを仕事にしている喜びはある。
誤算はもれなく自由業の肩書がついてきたこと。苦手な作業が多すぎるのだ。
殊に確定申告。
取材旅行で明日は始発に乗らなくてはならない。今日中に作業を終わらせなければと思っていたところに停電。なんでこんなについていないの、と知佳は肩を落とした。
パソコンのバッテリーは大丈夫。ネットもなんとかなる。あとはこの寒ささえしのげれば、と家にあるカイロをいくつも身体中に貼りつけた。
始める気にならなくてスマホで遊んでいたあの温かい二時間を取り戻したい。
「あんたもカイロいる?」
マヌカは、要るかとばかりにビャーと鳴いた。
二泊三日の取材旅行。
たまに頼むアシスタントさんに泊まりでマヌカの面倒を見てもらうことになっている。ただでさえ自分が出かける罪悪感があるところへこの寒さ。マヌカに申し訳なかった。
スマホが震える。
アシさんの名前。いやな予感にかられつつ出ると、
「すみません。風邪をひいて明日行けそうもなくて」
と案の定断りの電話。
「いいよー。気にしないで。大丈夫だから」
心にもないことを言って、お大事にと電話を切ったが、
「やばいマヌカ。どうする!」
思わずマヌカに詰め寄りつつ部屋を歩き回った。
せっかく始めた確定申告の作業をまた止めてしまったが、今はそれどころではない。
しばらくうろうろして、ようやく決心する。
「もう!」
知佳はスマホを握り締めた。
漫画家になることも猫を飼うことにも反対した両親。
頼りたくなかったが仕方がない。
案の定、電話の向こうの母は小躍りしている。
「お父さーん。明日からタダ旅行よう!」
と大声。
「ちょっと、お父さんの分は出さないわよッ」
何らかの理由で両親を頼る時には、旅行代は知佳が負担することになっている。
「分かってるわよー。でも私たちにとっては半額で東京に行けるってことだもの」
仙台から東京までの新幹線の往復代。
来年の経費として申告できるか、などと可能性を考える。
「じゃあ鍵はいつもの所に置いておいてね。お昼前には着きますから」
一方的にそう言うと、母は電話を切った。
ぶいん。
その時、電気が戻った。
早速ヒーターをつける。ふわりと温かい空気が部屋に漂うと気持ちが少し落ち着いた。
なんとかなった。
出費は痛いけれども最悪の事態は免れたと思ったらじわじわと喜びがわいてきた。ついてる、ついてると呟く。
「さーて確定申告終わらせるぞー」
知佳は笑顔でパソコンに向き合った。
<了>
文字数1158字
最後まで読んで下さってありがとうございました!
はらとけいさんの#せりふ三題噺企画の参加作品です。
今週のお題は、
■セリフ
「なんで今日なんだろうね」
■三題
・カイロ
・確定申告
・始発
はらとけいさん、いつも楽しい企画をありがとうございます!
