【第101章・六義園を描く】狩野岑信 元禄二刀流絵巻(歴史小説)
第百一章 六義園を描く
江戸の市民、特に富裕な商人たちを震え上がらせていた凶賊・夜烏組が壊滅した。しかし、そのとき働いた時龍にせよ大番衆にせよ、捕物は専門外。最初から殲滅しか念頭になく、その通り実行した。
よって、二十名近くいた賊の内、生きたまま身柄を確保されたのは二名のみ。しかもその二名も瀕死の重傷であったから、駆け付けた町方の同心や手先たちは、身分上位の旗本衆に対して愛想笑いを浮かべつつ、彼らが意気揚々と引き上げた後、揃って舌打ちする始末であった。
それでもわずかな手掛かりから盗賊団の隠れ家を突き止め、本来月番である北町奉行所の面々が強制捜査に入った。しかし、何と、そこも何者かによって襲撃された後だったのである。
「いたのはたった五人。しかもあれは下っ端だな。一瞬で済んだ」
「とんだ間抜けな仕儀で。面目ありやせん」
「まあ、それでも貴重な実戦経験だ。奉行所より先に踏み込めただけ、良しとしよう」
「へい」
「しかし、物足りないのも事実だ。やはり、どこぞの代官所でも・・・」
「勘弁して下さいよ。盗人の隠れ家やヤクザ者のたまり場なら、その手の連中の同士討ち、奉行所もそれで済ませてくれますが、公の施設が襲われたとなると、奴ら、目の色変えますからね」
根津権現の緑豊かで広大な境内に隣接して一軒の寮があった。大典侍局の腹心・赤兵衛が他人名義で買い取り、客分の新見典膳と主家が改易となり食い扶持を失った十数名の浪人を住まわせている。それぞれ腕に覚えのある者たちだが、大事に備え、部隊として行動できるよう訓練を重ねているところなのだ。
愛刀に打ち粉をしていた典膳は、見計らったように差し出された奉書紙で三日月のように反った刀身をすっと拭き上げると言った。
「よかろう。標的の選定は任せる。とにかく、早々に次を見つけてくれ」
ところで、江戸はこの時点で世界有数の大都市であった。町方の人口だけで約五十万、武士は参勤交代で動くので把握が難しいが、ざっくり同数と見てよい。つまり、すでに百万近く。しかも年々増え続けている。老若男女、貴賤貧富。当然、物騒な連中もいれば、のん気に日々を過ごす者もいた。
「なんていい眺めなんでしょう。これぞお大名のお庭ですわね」
「こら、背伸びをするな。行儀の悪い」
この日、友盛は駒込の柳沢家の下屋敷、すなわち六義園に来ていた。園内で一番高い藤代峠(人工の小山)に登れば、大きな池を中心とした庭園全体が一望である。
この見事な庭園を造った柳沢吉保は、将軍綱吉の治世を一手に支えてきた幕府の実力者。しかし、甲府藩主・松平綱豊が将軍世嗣・徳川家宣となって西之丸に入ると、大老格老中首座の地位を返上した。その後、しばらく平の老中として閣内に留まっていたが、家宣の側近・間部越前守への引き継ぎを済ませると全ての役職を辞し、藩主の座からも下りた。従って、今は隠居の身となっている。
柳沢家は吉保の長男・吉里が継いだ。単に継いだのではない。この眉目秀麗な若者が継いだのは川越七万二千石ではなく、甲府十五万石であった。いずれ甲斐一国二十五万石に加増されるというのが、家宣との密約である。
いずれにせよ、政変後も柳沢家は安泰。このことは、この十数年で幕府の隅々にまで配置された柳沢派の官僚たちを安堵させ、政情を安定させる助けとなった。
さて、友盛が家宣に呼び出されたのは数日前。その時、友盛は新番衆の詰め間である本丸土圭之間にいた。家宣の次の現場視察について番頭の安藤美作や他の組頭たちと警備計画を練っている最中であった。
「友盛、来たか。会議中にすまんな」
「滅相もございません。何の御用でしょうか」
「不意に思い付いたのだが、出羽守、いや、美濃守か。あれの造った六義園というのは大層見事だそうだな」
「それはもう」
「うん? そなた、見たことがあるのか」
「はい。先年、上様と美濃守様が和解された際、その交渉役を仰せつかりました。その時に拝見しております」
「おお、そうじゃ。そうであったな」
「上様、もしや六義園にご興味が? でありますれば、御簾中様とご一緒に・・・」
「いや、そうしたいが暇もない。そこでじゃ、そなたに画に描いてきて欲しい」
「何と?!」
「せっかく御用絵師になったのに、そなたまだ仕事らしい仕事をしていないであろう。よい機会だと思ってな」
「無論、御下命とあらば喜んで」
「うむ。しかし、広大な庭を一人で描くのは難儀であろう。そこで、竹川町の狩野法眼(友盛の実父・常信)にも命を下しておいた。そなたと共に描くようにと」
「そ、それはまた・・・」
「時龍に聞いたぞ。そなた、江戸に戻って以来、父や兄と全く会っていないそうではないか」
「あ奴め何を。いえ、我が身の不始末、面目次第もございません」
「責めているわけではない。ただ、そなた等は今後、御用絵師として共に勤めを果たさねばなるまい。和解しておいた方がよい」
正直、余計なお世話だ。友盛は家宣の真意を測りかね、つい主君の顔を凝視してしまったが、ふと気付いた。恐らく自分の身に引き換えてのことであろう、と。
家宣の生母は身分の低い側室で、身籠ったと分かると屋敷から出され、家臣に預けられた。そのことが新見典膳との因縁の始まりでもあるのだが、それはともかく、家宣が父・松平綱重によって認知されたとき、彼はすでに九歳になっていた。
その後は御三家に並ぶ名門・甲府松平家二十五万石の世継ぎとして大切に育てられたが、もし綱重と正室の間に男子が生まれていたら自分はどうなっていたか。そう考えると胸中複雑で、綱重が死ぬまで、いや、死後においてもわだかまりを持ち続けた。
ただ、人は長ずるにつれ感傷的になる。今になって父との関係修復に尽くさなかったことを悔い始めたか。さらに最近、家宣の丸顔には疲労の色がますます濃い。疲れがその様な感情を増幅しているとも考えられる。
だとすれば、自分と実家との和解が主君の精神衛生の向上に資するなら、それもよかろう。兎にも角にも、友盛はそう思った。
「ご配慮、恐れ入り奉ります。早速日取りを決め、左様いたします」
そして、その日なのである。
「私はここから全景を描くから、お鈴と金七は下に降りて池の西側、向こうの吹上茶屋から正面の滝見茶屋までを細かく見てきてくれ」
「東側はよろしいのですか」
「ああ。そっちは竹川町の方々に任せる」
「承知しました。金ちゃん、行くわよ」
友盛は養女にして一番弟子であるお鈴と家臣で二番弟子の米田金七を連れてきた。金七には駿河台家の洞春のところで御用絵師業務を学ばせている。成長ぶりを見るよい機会だ。また、お鈴は松本家の跡取り娘として、父と兄に挨拶させておかねばなるまい。いや、実のところは緩衝材である。男だけでは間違いなく険悪な雰囲気になるだろうから。
お鈴と金七が池の方に下りて行くと、友盛は懐から矢立を出し、白紙にサラサラと景色を写し取り始めた。
桜は散ってしまったが、代わりに池の周りに配置された躑躅の刈り込みが咲き揃い、ピンクの鞠を並べたよう。天気晴朗、庭の大半を覆う新緑が目に眩しい。
そして、四半時(三十分)ほどすると、背後の小道から藤代峠に上がって来る人の気配があった。
兄とは一度すでに城内で顔を合わせているが、父とは約二十年ぶり。さすがに振り返るのに勇気が要った。それでも友盛が思い切って振り返ると、見知らぬ三人の男が立っていた。中央はお鈴と同じくらいの若者。両脇は右が三十代後半、左が三十を少し過ぎたくらい。
「どなたかな?」
「はい。我ら、竹川町狩野家から参りました」と、中央の若者が丁寧に答えた。
「法眼殿(常信)と如川殿(周信)が参られるはずだが」
「申し訳ありません。両名とも急な病にて、本日は失礼いたします」
「何だと! 今日のことは私事ではない。上様の命による公務である。そのことをご承知か」
つい口調が尖った。聞かされていなかったようで、若者は顔を青くして黙ってしまった。
ところで、これは誰だ? 二人の大人を従えているところを見れば、弟子筋ではあるまい。或いは兄者の子か。
すると、右側の落ち着いた感じの男が若者に助け舟を出した。
「若、まずはしっかりご挨拶を」
「そ、そうであった。松本様、大変失礼いたしました。お初に御意を得ます。私は法眼狩野常信の三男・狩野吉之丞と申します」
「父上の? つまり、私の弟ということか」
「はい」
「驚いたな。こんな年の離れた弟がいようとは。すると、父上は後添えを迎えたのか。現在父上の世話はそなたの母御が?」
「いえ、母は私を生んでほどなく身罷りました」
「そうであったか」
そこでお鈴が池側から上がってきた。彼女にとって義理の祖父と伯父に初めて挨拶することになるはずで、出かける前、志乃に何度も口上を練習させられていた。しかし、小山の上の陣容を見て、その表情は緊張から当惑へと変わった。
「父上、そちらはどなた様ですか。紹介して下さいませ」
それから半時(一時間)、友盛は藤代峠の上でスケッチを続けていた。横では吉之丞のお付きの内、若い方が友盛とは逆方向の景色を描いている。彼の名は西村常階。もう一人の今村常慶は裏手に回ると言っていたので姿はない。いずれにせよ、二人とも師の常信からすでに一字拝領を受けている。竹川町の弟子たちの中でも幹部クラスと見てよいだろう。
「少し休憩しよう」
「はっ」
友盛は綺麗に磨かれた長方形の巨石に腰を下ろした。
「そなたも座るがよい」
「いえ、私はこのままで結構です」
「立ったままでは話し辛いではないか」
「それでは、失礼します」
吉之助は大池の方に目を向けた。池のほとりにお鈴と吉之丞。お鈴は池側を吉之丞は茶室の方を向いているから、役割分担して描いているのだろう。
「吉之丞殿は母親似か。あの整った顔立ちは私や兄とは全く違う」
頭は月代を剃り髷は細め。衣装は明るい感じで、野袴が動きやすそう。竹川町の血筋にあるまじき爽やかさである。
しかし、姿のよさではお鈴も負けてない。甲州街道で出会った頃は目ばかり大きな痩せっこけた子供だったが、今や娘盛り。麹町界隈でもその優れた容姿が評判になっているほどだ。
今朝、本人は画を描きに行くのだから軽装でよいと言っていたが、常信や周信に挨拶することが想定されていたので志乃が許さず、しっかり着飾ることになった。身繕いを手伝う侍女も一人連れてきている。
「ところで、腕はどうなんだ?」
「はい。ご年齢に比して確かな技術を身に付けておられます。行く末が楽しみです」
「そうか」
しばらく沈黙があった後、西村常階がひとつごくりと喉を鳴らし、意を決したように口を開いた。
「松本様。聞くところによれば、麹町の工房はこれから本格的な立ち上げとのこと。松本様は狩野派総上席。工房もそれなりの規模となりましょう。もし可能であれば、吉之丞様をそちらで引き取ってはいただけないでしょうか」
「何だと?」
「はい。今村殿と私の両名は、法眼様から吉之丞様の指導係を務めるよう命じられ、これまでお側に付いて参りました。しかし、今村殿の家は津軽藩に仕えております。私の父も長州藩のお抱え絵師なのです」
「ほう」
「つまり、我らはいずれ吉之丞様お一人を残して竹川町を去らねばなりません。跡取りの如川様のご性格を考えると、吉之丞様の行く末が心配でなりません」
「私のようになられても困るから、下手に養子にも出せず、飼い殺しか」
「・・・」
「ところで、今村殿も同じ意見なのか」
「いえ、これは私の一存でございます。私如きが僭越とは存じますが、得難き機会ゆえ、敢えて申し上げました。ご無礼の段は平に」
西村は立ち上がり、深々と頭を下げた。見るからに実直そうな男だ。今村に比べて若い。序列から言って、今村はお目付け役で、この西村が直接の指導教官ということなのかもしれない。
「頭を上げなさい。ともかく、弟の将来についてそこまで気を配ってくれていること、感謝する。今更兄貴面でもないが」
「恐れ入ります」
気が付けば、先程まで反対を向いて描いていたお鈴と吉之丞が、同じ方向を見て熱心に話をしている。池に浮かぶ蓬莱島と手に持った紙を交互に指しているから、どう描くかで意見を戦わせているのだろう。
その時、二人の目の前に上空から急降下してきた鴨のつがいがさっと着水した。水しぶきに驚く二人。そして次の瞬間、互いに顔を見合わせると、池端を飾る平戸躑躅の明るいピンク色にも負けぬほど、朗らかに笑い始めたのである。
その様子を眺めながら、友盛は西村常階に言うというより、独り言のように呟いた。
「そうだな。少し考えてみよう」
次章に続く
