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honokanaharu
それぞれの不安のかたち
今日、こんな言葉が目に止まった。
「いつも口から出る不安や不満は、安心したいっていう願いなのかもしれないね」
はっとした。
それに、ちょっとざわっとした。
なんとなくストーリーにシェアしながら、しばらくその言葉を眺めていた。
そこで、ふと思い出した。
家族が困りごとを話してくると、私の中で二つの反応が同時に起きる。
「解決しなきゃ」と「聞きたくない」
一見、正反対のようだけど、よく考えると根っこは同じだと思う。
どちらも目の前の状況をこのままにしておけない
という感覚から来ている。
そしてそれは、「相手のためというより、自分が不安に耐えられないから」なのだと薄々気づいていた。
今日、あの言葉に触れてこころが動いた。
家族が不満を口にするのも、私が反射的に動くのも、構造が同じなのかもしれない。
安心したくて、言葉が出る。
安心したくて、動いてしまう。
解決しようとする。
頼る側と頼られる側で向かい合ってるようで、
実は私たちは同じ場所で不安だったのかもしれない。
「知っている」と「できている」は全然違う。
それでもたまにだけど、ただ聞いていられることがある。
そのときの自分の状態は何が違うのか、正直まだよくわからない。
ここはまだ変化の途中ということにした。
解決しなきゃ不安でたまらないけど、そのままでも安心できることもあるはず。
焦ってもうまくいかないよね。
そういう自分を、今日も観察中です🔍
