🎙️ 強面の先生が理科室で漏らした、たった一度の「迷い」
こんばんは。
元理科室の実習助手、くうあいです。
先生や先生を目指す皆さんへ贈るシリーズ。
今夜は、私が退職を 間近に控えていた頃
理科室の準備室で交わした
あるベテラン先生との対話をお届けします。
【代筆投稿しています。】
1枚0.5円のタオルたたみの仕事。
それが、58歳の彼が今、社会とつながる唯一の接点です。
しかし、彼の手から生み出される言葉は、驚くほど深く
知性に満ちています。
通信手段を持たない彼に代わり
彼がUSBに託した魂の記録を連載いたします。
統合失調症と共に歩んだ40年。
その静かな、しかし熱い闘いの記録を読んでいただければ幸いです。
その先生は卓球部の顧問で
初心者の部員も厳しく鍛え上げ
常に県大会の上位に導く
いわゆる「名物監督」でした。
生徒たちからは「厳しくて怖い先生」と恐れられ
職員室でも毅然とした態度を崩さない
強面の先生です。
ところが、私の退職が近づいた
ある日の放課後。
その先生がふらりと準備室にやってきて
コーヒーを飲みながら
ぽつりと胸の内を明かしてくれました。
「自分が若い頃は
先輩から厳しくされるのが当たり前だった。
何くそ!と思ってがむしゃらにやってきたし
時間外労働も苦じゃなかった。でも……」
先生は少し目を伏せて
こう続けられました。
「今の生徒や若い先生には
それは通じない。
自分がこれまでやってきたことは
本当に良かったのだろうか……」
時代の変化の中で
これまで信じてきた「正義」や
「やり方」が通用しなくなる。
それは
情熱を持って走り続けてきた先生にとって
足元が崩れるような
孤独な経験だったに違いありません。
アドラー心理学では
「全ての行動には
その人なりの『善(良かれと思う目的)』がある」と考えます。
その先生が厳しかったのは
もちろん 生徒を憎んでいたからではありません。
厳しさの先にしか見えない景色を
生徒たちに見せてあげたかった。
それがその先生なりの、精一杯の「愛」だったんです。
私はその時
気の利いたアドバイスなんてできませんでした。
ただ「先生、ずっと頑張ってこられましたもんね」と
お話を聴くことしかできませんでした。
でも、誰にも弱音を吐けなかった
「偉大なカリスマ」が
最後に見せた
あの人間らしい迷いこそが
何よりも尊く、美しいものに思えたんです。
もし今
自分のやり方に自信を失っている
ベテランの先生がいたら。
あるいは、厳しい先生を見て
「合わないな」と感じている若い先生がいたら。
どうか、その行動の奥にある
「かつての情熱」を想像してみてください。
正解が分からない今の時代だからこそ
私たちは互いの
「一生懸命さ」を認め合うことから始めたい。
そう思うのです。
今夜は、あなたの周りで頑張っている
「不器用な誰か」の背中に
心の中でそっとエールを送ってみませんか。
それでは、ゆっくりおやすみなさい。
元理科室の実習助手、くうあいでした。
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