ここに医師あり.vol1
子供が生まれてから越してきた街で出会った医師がいます。当時すでに70歳を超えていたようで、私にとっては父親のように大きな安心感のある医師でした。
入院設備はないものの、小児も含めた内科のみならず、骨折や入院の必要のない縫合手術など、広く診療をしてくださる医師でした。
石山先生(仮称)は、お声が大きく、身体も大きく、しかし患者さんへの説明は、決して上から目線ではありません。
子どもたちや耳の遠くなった患者さんにも伝わるように分かりやすく、そして諭すように語ります。
娘が自分でやりたいと言い出し、中学受験の勉強を始めてしばらく経ったころのことです、。娘は体調を崩しました。
塾に通い始めたのは、小学生6年生になる直前の2月。つまり、受験まであと一年というところから、週に3日の塾通いでしたから、娘は焦っていたのでしょう。
彼女は私がパートに出ていた間も、塾からの課題に取り組み、夜になり、私に「おやすみなさい」を言った後もテキストを読んでいたようです。
そうした疲れが溜まったのか、頭から首にかけてが痛いと言い出し、石山先生のところで診て頂くことにしました。
石山先生はまず、娘に向かって言いました。
「そう、お勉強とても頑張ってるんだね。立派だねえ。だけど、身体が痛くなったり、病気になってしまっては、お勉強も続けられなくなるかもしれないね。
だから、まず、朝起きたら、おひさまの光を浴びて、身体に朝だよって教えてあげよう。
それからしっかり姿勢を整えようね。壁に背中をつけて……夜は遅くとも11時にはお布団のなかに入ってゆっくり息を、吸って吐いて…」
このようなお話のあと、先生は私に向かって
「勉強の時間の間も休憩を取ること、ご飯をよく噛んでたべること、しっかりお風呂にも浸かること、生活のリズムを意識しつつ、サポートしてあげてくださいね。」
と、言いました。
石山先生のお話は決して長いとも思えず、また、難しい表現もありません。ただ、
「人間も動物も同じで、機械ではない。頭と身体を休憩させてあげないと、心まで病気になることもあるんだよ。」といわば、当たり前のことを教えてくれたのです。
娘にとって、お勉強が続けられなくなるかも…つまり、中学受験ができなくなる、行きたい中学に行けない、ということが結びついたのでしょう。
帰宅するとすぐにまずは、ほんの少し散歩に出かけました。それから石山先生に言われた通り、お風呂にもゆっくり浸かり、大きく息を吐き、朝はおひさまの光を浴びて姿勢を整える。
娘は自らこれを繰り返しているうちに、自然と身体の不調も回復し、希望の学校へと入学する日が来ました。
今度は夫がお世話になりました。手の指を骨折した時は、本人が少し様子を見ると言って1週間近く放置していました。
先生は、「少し我慢してくださいね」と言って、その指をまっすぐに伸ばそうとしたそうです。
夫が傷めた指は力を入れずにいたために他の指と同じようには伸びなくなってしまっていました。
曲がったままの指で骨折した後に固定することは、もう二度と伸びない指になるそうで、
「先生、い、痛いです!!」と夫は抵抗したのですが、現在は何不自由なく手を使えているのです。
この話を会社の同僚にしたところ、やはり似たような人がいました。つまり、骨折を捻挫と言うことにして放置しておいたという人です。
その方の指は一本だけ、まっすぐに伸びることはないそうです。可動範囲が変わってきます。
また足の指の骨折を放置した息子の先輩は、その指の感覚はなくなったと聞きました。
この石山先生はまたある時、夫に丁寧に「教えて下さい」と言ったそうです。
夫は娘が二歳の頃に、心筋炎に罹り、危うく命を落とすところでした。実際、病院関係者にはこう言われています。
「既往症に、「心筋炎」とありますが、心筋炎になって生きている人をみたことがありません」と。
石山先生は、
「その時はどのような症状でしたか。」
「入院するまではどのように過ごされてましたか。」といった質問をされたようです。
帰宅した夫は
「先生はなにか思うところがあったのかな。
心筋炎ってあっという間に死んでしまうらしいから。でも、丁寧に頭を下げられて、、あの先生立派だよなぁ。」
と、言いました。
しかし、風邪などのタイミングで受診をした際にはきっちり言う事を言う先生でもありました。
「動物は具合の悪い時は、じっとして自然に治癒させるんです。人間も動物なんですよ。しっかり休めば薬に頼らなくても治るんですよ。」と。
子どもたちの虫刺されがひどく腫れ上がれば、刺されないようにすることはもちろん、刺されてしまったあとの適切な処置についても的確な説明を加えてくださいました。
夫のお父さんが大けがをして手術あとの消毒の際にもひと言。
「傷口だけをきれいにすればよいのではありません、傷口の周りも衛生的にしておかなければ感染症は起こりますよ。」
と言って、怖がる義父の手の平全部を消毒してくださいました。
言ってみれば、怪我や病気から身を守る【知恵】を毎回教えてくださった。初めて経験することは仕方ないかと思います。しかし、二度目はないほうがいいですよね。
この義父の手でお世話になった時ですが、実はこの時初めて石山先生を怒らせてしまいました。
義父が毎回あまりに怖がり、私に訴えてくるので
「先生、お義父さんはやはり怪我をしたショックもあってか、とても怖がるようになってしまっているので、もう少しだけ、優しく消毒して頂けませんか、、」
すると先生、
「私はいつだって患者さんに優しくしているつもりですよっ!」とぷいっと背中を向けられてしまった。
(ぇぇ〜……先生怒ってる…)
無論、先生を起こらせるつもりは毛頭なく、むしろ、甘えすぎたこと、いや、信頼していないかのような言い方をしてしまったんだ!とを反省しつつ私は言いました。
「先生、失礼なこと言いました、ごめんなさい。
ただ、私と私の家族は石山先生が大好きです。また、次も診ていただけますか。」
咄嗟に出たこんな幼稚な発言でどうにかしようなんて、振り返ると本当に恥ずかしい。それでもやはり、石山先生が良かった。
先生は少し息を吐いてから、「どうぞ」と言ってくれました。そして先生ご自身も少し大人気なかったと言いたげにこう言いました。
「私も年を取りましたし、疲れるんですよ」
その背中は少し寂しそうに見えました。
先生も人間です。しかも、内科と外科とあらゆる患者さんに対応してくださるマルチな医師なのです。
一日中、病院のなかにいて、頭を使い、説明し、判断しなければならない。好きなだけでやり切れるお仕事なのでしょうか。
そしてご自身のお身体の限界を感じていたのかもしれない。一番お辛いのは先生ご自身でしょう。
まだまだ医師として働きたいお気持ちが感じられた私は、「あっ…」と思いました。
これまで先生に教わったことを忘れてはならない。
私たちが一度の経験でその後の健康管理に高い意識を持てば、医師の負担も減るはずだろう。
そして無事に義父の傷口も治り、今度は息子がおたふく風邪になった頃のことです。
「そういえば、お義父さんはお元気ですか。」
と先生に聞かれました。
私は「はい、お陰様で元気に暮らしています。」
そうです、いつだって先生のおかげで私達は普段の生活に戻れていたのです。
石山先生は、患者さんの話を聞き、必要なお薬をだしてくれますが、本当の意味で健康に過ごすのに必要なのは、" 私たち自身の意識 " だと諦めずに伝えようとしてくれた医師であると思います。
石山先生は引退されたようです。
石山先生に出会えたこと、診療でお世話になったことはもちろん身体を大事に長く使うための色々な知恵を頂いたことに深く感謝しています。
