「寿」
「寿」は、長寿、福禄寿の「寿」である。
「寿」をめでたいとするのは、世界中の文化圏おしなべてそうであろうが、
中国人にとっては殊更めでたい。
「生」に対する執着の強さは、中国人の民族的特質の第一に挙げてよいかもしれない。
儒家は現世のみを問題にする倫理道徳思想であり、死後のことは語らない。
道教は現世を永遠に引き延ばそうという発想であるから、執着の度合いで言えばその最たるものである。
天下統一を果たした始皇帝が次に求めたものは、不老長生であった。
それは、夢とか願望とかではなく、正真正銘の本気だった。
漢・劉向の『列仙伝』は、仙人(不老不死の人)の伝記である。
東晋・葛洪の『抱朴子』は、仙人になるためのガイドブックである。
道教が盛んだった唐王朝では、歴代皇帝の何人もが「金丹」を服用して命を落としている。水銀と鉛が原料だから無理もない。
「長生」と「長寿」は同じではない。
「長生」は「長しえに生きる」こと、つまり永遠の命を得ることだ。
「長寿」は「長い寿命」、つまり「長生」の妥協版みたいなものだ。
古代帝王の執着はさておき、人々は「長生」が叶わぬことを経験則で知っているので、仕方なく「長寿」を祝うようになった。

長寿の祝いには付き物がある。
定番の祝い言葉は、こんなふうに言う。
福如東海,寿比南山
(福は東海のように広く、寿は南山のように永く)
祝いの宴では、「寿桃」と「寿麺」が欠かせない。
「寿桃」は、桃の形をした餡入りの中華饅頭だ。
桃は「仙果」とされ、不老長生のシンボルである。
「寿麺」は、特に高齢者の誕生日に供される長い麺のことを言う。
麺は「一本物」、つまり切れ目のない長い一本の麺である。
縁起を担いで、短く噛み切らずに一気に食べるのが良しとされる。
作るのも大変だが、食べる側も老人には難度が高い。

さて、おめでたい「寿」であるが、実は曲者である。
1966年、ビートルズが初来日した時、「寿」の 法被(はっぴ)を着ていた。
日航がプレゼントしたということだ。


日本でのことだから問題はないが、中国では有り得ない話だ。
中華文化圏では、衣類に「寿」の文字は禁物だ。
中国語で「寿衣」と言うと、死者に着せる服、つまり死装束だ。
「寿」は、長寿を表すが、葬儀に関する事柄では、「寿命が尽きた、天寿を全うした」という意味合いで使う。
「寿材」は、棺桶。
「寿穴」は、墓。
中国人に「寿」の法被を贈ったら、ジョークではすまない。

