国産PC遍歴を振り返る
国産PCとは?
この記事では、1980~90年代に発売されたPC-8801などに代表されるパソコンの事を「国産PC」として話を進めていこうと思います。
厳密なスタート地点
1987~1988年の間の一時期、ファミコン本体が故障してTVゲームが出来なかった期間があるんですが、初回記事で書いたX68000をおねだりした事が親の記憶にあったのか、近くのディスカウントストア(船橋の十字屋ショッカー)のセール品だったと言うSONYのMSX2を母が買ってきてくれたんです。
調べてみるとHB-F5と言う機種だったっぽいんですが、記憶と食い違う点もあって、見た目が同等の下位機種とかあったのかな?
と言うのも、まずその定価。AKIBA PC Hotline!さんの記事によれば
ブラックとライトグレーの2色のカラーリングが用意されていて、価格はいずれも84,800円でした。
との事で、母曰くセール品を1万円くらいで買ったと言う話だったので、HB-F5で間違っていなければ相当な値引き具合。
1985年発売の機種で発売後数年経ってはいますが、そこまで安くなるか?と言う疑い。
次に、HB-F5にはRF出力端子が付いていて、調べるとファミコンのRFモジュレーターが流用できたと言う事。
このMSX2がどうなったかを言ってしまうと、「画面が映らなくて使えなかった」と言う悲しい結末だったんですが(苦笑)、当時の我が家のTVはその頃でも既に珍しい方だったと思われるビデオ入力端子が備わってないTVだったんですね。
それなら、ファミコンのRFモジュレーターが流用できたのに画面が映らないって事は無かったよなぁ?となってしまい謎が深まってしまうんですよ。
更に言えば、画面は出ないけど音は出てた記憶はあったので(あ、ゲームソフトが2~3本付いてたんです)、じゃあ、この音は一体どこから出してたんだ?と(ビデオ入力端子が無いようなTVなので、音声入力端子なんかも当然あった記憶は無いし)。
となると、「RFモジュレーターは流用できたが、単純に壊れてて映像が出てなかった」と言う線が濃くなるような…。
そう言う「ジャンク品」だったから捨て値で売られていたけれど母にジャンク品と言う知識が無かった、と考えれば一応話のスジは通る気がしません?
結局、その後ファミコンを買い直して、このMSX2は一度もまともに使われないまま忘れられていくのでした…(^^;
ちゃんと使えたPCとしてのスタート地点
正常に動作するPCとしての最初の一台はPC-8801FAでした。
PCを持つ前からPC雑誌は読んでいたので、「PC-88SR以降」と言う言葉は何やらPCゲームをやるのに大事な言葉だ、くらいの知識はあったんですね。
とは言え、「以降とは…?」と具体的にどの機種なら良いのかはさっぱり分からず、とりあえず当時の新品で(この頃はまだ中古品と言う概念/感覚に乏しくて)一番安い機種を親にねだって買ってもらったのがFAにした理由です。
当時のお決まりのおねだり文句「勉強で使うから」を繰り出したからか、プリンターとワープロソフトにブランクディスクがセットになっていました(勿論ディスプレイも)。
PCが家にやってきて、まず最初に行動に移したのが、友人宅にディスクの箱を持って行って「PC買ったよ!」と報告する事(確か、丁度夏休みでした)。
これはまあ当時の拙い知識で「PCソフトはコピーが出来る」と言うのをこの友人から聞いていたので、あわよくばなんかしらのゲームをタダで手に入れられるんじゃないかと言うさもしい考えからなんですが、友人所有のPCはそもそも98だったんですねw
と言う訳で、「本体があればゲームが出来る」と言う浅はかな考えは打ち砕かれてしまい、その後自分のお金で初めて買ったPCソフトはラストハルマゲドンになるのでした。
「ディスク7枚組ってなんか凄そう」と言うのが面白そうと言う理由と同じくらいの購入動機を占めていました。
今なら「交換面倒くさい」となる事必至な要素ですが(^^;
改めて振り返ると、その後数年で88で発売されるゲームソフトで自分が購買意欲をそそられるタイトルは明らかに減っていき(自分が買った最後のゲームソフトは英雄伝説1だったかと)、エニックスから発売されていた「Formula C.M.S.」と言う音楽制作ソフトでコピー曲とかオリジナル曲とかを打ち込む事の方に比重は傾いていましたね。
自分が音楽方面へ興味を持つようになったのは、88FAがサウンドボードII搭載だった事も大きな要因の一つだったんだろうなぁ、と思います。
PCを買ったらまずは自分でゲームを作ってみたいと思うのが常じゃないですか?w
でも、当時の知識皆無の自分はもう最初っから市販ゲームみたいなのが作れる!と思っていたのに、マニュアルに載ってるサンプルは「線を引く」だの「丸を描く」だのばっかりで、自分で描いたキャラを操作させる、みたいな所に辿り着ける気配が全く無くて(^^;
そんな中、音楽のサンプルを打ち込んで実行してみたら、既に曲になってるし、音色を変えると音が変わるしで、パーツ単位で言ったらこっちの方が市販ゲームっぽいパーツがすぐ作れると思ってそっちに傾いていったのでした。
ゲームのサントラに付いてる譜面を自分で打ち込もうと音楽の教科書で勉強したお陰で、譜面が読めるようになって音楽の筆記テストの成績が少し良くなったりもw
X68000がやって来た
そして、88熱も冷めてきた頃、やはり「どうしてもX68000が欲しい!」と言う気持ちは募るばかりで、本体よりも先にソフトを買って「もうコレ(X68000)じゃないと使えないの買っちゃったから!」と言う荒業を繰り出して親を説得するのでした(苦笑)。ちなみに買っちゃったのは、秋葉原のアイ・ツーに売っていた中古のドラスピ(この頃は既に中古ソフトと言うものに手を出していました)。
その前後かはもう忘れてしまったけれど、Oh!Xの付録ディスクが付いている号も「まだ本体持ってないけど、これは手に入れておかないと後悔する奴だ」と思い買っておいたので、それも「もう買っちゃったから」を後押しする為の道具として使ってたのかもw
そして、親にウン十万と言う買い物をさせる説得を続けていると、新機種かつ高クロックのX68000 XVIが発表されたのでした。
あんまりクロック数の違いとかよく分かってなかったのに、当時の最上位機種を親に買わせてしまうと言う(さすがにHDDは非搭載の方だったし、ディスプレイも24kHzが映らない2モードの奴でしたが)。
ただ、当時の自分はX68000と言ったらあの丸みのあるエッジのボディシェイプが格好いいと思っていたので、エッジが角くなったXVIのデザインは少々馴染めなかったと言うのが正直な所で。
それでもXVIと言う選択を譲らなかったのは、分からないなりにその性能差を重要視してたんでしょうねぇ(88FAの4MHz/8MHzの切り替えとかもよく分かってなかった…と言うか、ほぼ8MHz固定で使ってたし)。
余談ですが、MSX、メガドライブ、PC-88、X68000と自分と同じような変遷を辿った友人がいたのですが、その友人はXVIの直前に出たクロック数据え置きのSUPERを買ってしまったんですね。
お陰で同じゲームを買っても印象が食い違う事があったりもしました(^^;
まあ、この友人の話は機会があればそちらで…。
こうして念願のX68000を手に入れたんですが、この後わずか2年ほどでX68000のゲームソフト市場は終焉へ向かっていく雰囲気が色濃くなっていくのでした。
コナミのX68000ソフト最終作、悪魔城ドラキュラが1993年の発売と言うのが自分がそう感じた根拠。
自分が当時買ったビデオゲームアンソロジーシリーズの第2弾のチェルノブも同年発売らしいので、もうその時点でX68000は、懐かしのゲームの復刻しか出来ない機種になってしまった、と言う印象にも個人的にはなってしまったんです(ZOOMのX68000最終作となったOVERTAKEは前年1992年発売でしたし)。
結局、X68000も88と同じく、ゲームソフトが発売されなくなったから打ち込みで音楽をやる方向へシフトしていく、と言う流れになってしまいました。
とは言え、Oh!X1992年6月号の付録ディスク収録のZ-MUSICのお陰で、随分と凝った事が出来るようになったので、ゲームが出ないから仕方なしにではなく、まだ68市場に元気が残っていた頃から音楽は音楽で楽しんで打ち込んではいたんですよ(Ver.2.0のムックも買ったし)。
何がしたかったのか…
そのX68000も、役目を終える時を唐突に迎えてしまいました。
それまで何度か、分解しては組み直すと言う事をしていたんですが、その際にFDDが外装のスロット部分とズレてしまいフロッピーが挿入できなくなってしまったんですよ。
今にして思えば、再度分解と組み込みを繰り返せばその内元に戻せたとは思うレベルの組み間違いだったとは思うんですけどね…。
そもそも、当時なんで分解しては組み直すって事をしてたのかの理由が全く思い出せなくて(^^;
何か不具合があった覚えもないんで何の目的でX68000バラしてたのかなぁ…?(ちなみに分解と言っても外装外すくらいで、ユニットごとにバラバラにするほどはバラしてません)
ファミコンもメガドライブもセガサターンも、別に故障した訳でもないのに分解して中身見てた記憶だから、その流れのただの興味だったんですかねぇ?
PC-9801系列のPCたち
互換機
先述のX68000が使えなくなる前、EPSONの98互換機を買いました。
動機は、X68000のゲームソフトが発売されなくなったのもありますが、ポリスノーツと言うゲームをやりたくて、ですね。
記憶があやふやで、最近までX68000が使えなくなったから98に浮気した、と思っていたんですが、セットで買った17インチモニターでジオグラフシールを遊んで、「画面でかーい」と思った記憶があるので(68モニターは14インチ)、互換機を買った時点ではまだX68000は生きていた、と言う事になります。
詳しい方は、「ポリスノーツって9821用のソフトじゃなかった?」と思われるかもですが、Wikipediaによると
本来PC-9821シリーズ専用とされるソフトウェアは、拡張グラフィックコントローラ(PEGC:256色モード)を搭載しない機種では動作しない。しかし、本ソフトの対応機種にはPEGCを持たないPC-9821Bシリーズ(98MATE B: 実質的にはPC-9801シリーズ)が含まれており、実際のゲームにおいても従来の16色グラフィックモードしか使用していない。したがってCD-ROMドライブ、PC-9801-86ボード相当のPCM音源、マウスが揃っていて、ある程度高速なCPUが搭載されている環境であればPC-9801シリーズでも本ソフトは動作する。
との事だったので、お値段的に安かった互換機を選んだ…と言う記憶なんですが、何と言う型番の機種だったのか全く覚えてないし、86音源的な何かを追加で買わないとダメだったような記憶もある割には、勝手がよく分かんない機種相手にそんな冒険するか?と言う疑問もあって、持ってたのは確かだけど殆ど印象が無い本体です(^^;
言ってしまえば、最終的にどう処分したのかすら覚えてません…(売ったのかなぁ?)。
互換機じゃない98
そして、遍歴ラストとなるのが今度はちゃんとしたNEC製のPC-9821。
ただ、またしても型番、機種名は不明(^^;
確か、バーチャロンがバンドルされてた奴だったけど、どうにもカクカクした動きでマシンパワーが全然足りてなかった覚えがあります。
この辺になると打ち込みで音楽は出来ても、X68000のMMLで出来た細かく音源の中身を突く様な打ち込みが出来ず、結局引っ越す際に売ってしまった記憶。
これまたバンドル(プリインストール?)されていたVSC-88と楽譜入力ソフト(これは自前で買った奴)で打ち込んでたんですよね。
VSC-88の音はSC-55(自分が持っていたのはCM-500)と違ってゴツゴツした質感で、この頃のソフトウェア音源はまだまだだな、と言う感じでした(ディストーションギター系の音が豊富になってたのは嬉しかったけど)。
先の互換機を含めた98系2機種はX68000ほどゴリゴリに使い込めなかったので、正直印象は薄いですね(つまり書く事が無い)。
その後も厳密に言えば
大学生時代にX68000 SUPER HDを買ったり、2014年にXVIを買い直したり、2016年にXVI HDを買ったりしてるんですが(当然全て中古。SUPERは今と比べて信じられないくらい安かった…)、買い直しXVIの話はブログの方に書いてますんで、興味ある人はそちらへ。
とは言え、このXVIも故障中で、現在稼働するX68000は一台も無いと言う状態なのでした…。
これを書こうと思った切っ掛け
88も68も自分にとって大きなウェイトを占める経験をさせてもらったPCだけど、改めて振り返ってみると実働期間は大したことなかったんだなぁ…と仕事中の暇な時間に思い浮かんだからだったのでした。
自分、仕事中の方が色々思い浮かぶんですよねw
