青い雨~ショートストーリー【シロクマ文芸部】
「『青い雨』だ……」
里美がカーラジオをつけると懐かしい曲が流れてきた。
イギリスのロックバンドが演奏した『青い雨』。
自動車のCMに使われていた。
映像の中でカップルを演じていた俳優たちの佇まいや衣装、海辺のロケ地がとても素敵で、曲の雰囲気ともマッチして、いいCMだな、と当時二十五歳の里美は思っていた。
勤めていた会社の営業部の雅治と、何かのきっかけでそのCMの話題になり、いいよね、映画みたいだよね、と二人で絶賛したものだ。
営業部の社員たちは、里美が所属していた商品部によく来ていたので、顔見知りになり話す機会が多かった。
どの営業部員も話が上手で面白かったが、特に雅治とは気が合うと思った。
ずっと一緒にいることができたら、きっと楽しかっただろう。
彼の好きな野球チームの試合のチケットをなんとか手に入れて、ナイターを見に行く約束をしたのに。
彼からキャンセルの電話がきた。
営業部で大きなトラブルがあったという。
トラブル処理は長引き、雅治は異動になり、会う機会がないまま里美は転職することになった。
里美はラジオのボリュームを上げる。
『青い雨』が里美を包み込み、記憶は一気に二十年前に戻った。
なんで音楽は、こうやって人の心を揺さぶるんだろう。
頭の中であのCMの映像が流れ、雅治の屈託のない笑顔や、結局別の友人と出かけたナイターでやけになって飲んだビールや、雅治の異動を聞いた日の寂しさがコラージュのように浮かんできた。
やがて後奏がフェイドアウトしていった。
「『青い雨』をお聞きいただきました」
アナウンサーが落ち着いた声で話し始めた。
「リクエストは、埼玉県のラジオネーム『東京のマチャ』さんでした」
里美ははっとした。
あの頃雅治は同僚たちから「マチャ」と呼ばれていたはずだ。
そして、埼玉県に住んでいたのに、道路を一本隔てれば東京だからと、東京都民を名乗って笑われていたのだ。
「マチャさんから『タナカさん、あの時は野球に行けなくてゴメン』とメッセージがありました」
タナカ……里美の旧姓は田中だ。
胸がざわざわと騒いだ。
帰宅するためにはこの交差点を直進するのだが、里美は左折して近くのスーパーの駐車場に車を停めた。
スマホを取り出し、ラジオ局のホームページを探す。
番組にメッセージを送ろうとした時。
LINEの通知音が鳴った。
(ノー残業デーだから定時に帰るよ!
営業成績UPで臨時ボーナス出たから、何か食べに行こう)
夫だった。
里美は少し考えて、返信した。
(いいね!今スーパーに来たけど、買物やめて帰るね~)
そして、ラジオ局のホームページを閉じた。
里美が乗っているのは、あのCMの車だ。
しかし、購入した時にはモデルチェンジしており、CMの面影はなかった。
「私も、きっとあなたもモデルチェンジしてる。
旧モデルの思い出は、そのまま大事にとっておこう」
里美はつぶやき、駐車場を出て自宅に向かった。
(約1200字)
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