現代美術を見た日~ショートストーリー【風まかせ文芸部】
(1599字)
日曜日の午後二時、美術館で鑑賞会が始まった。
展覧会の作品を見ながら、学芸員が解説してくれるのだ。
今期の展覧会は、現代美術家ジュネ・ローズマリー・ヤマグチ展だった。
実は私、ジュネさんのことも現代美術も知らない。
たまたま同僚から余ったチケットをもらって、たまたま今日予定がなかったので見に来たら、たまたま鑑賞会の日だったので、受付で勧められて参加した。
事前学習もしていないので、参加者の列の一番後ろについておとなしくしていた。
展示室入口の略歴によると、ジュネさんは女性で、名字から想像できるとおり実は日本人。本名は山口じゅん子。ミドルネームは好きなハーブの名だ。
モノクロのポートレートの中で、長い髪のジュネさんはこちらを向いて微笑んでいた。
「いい顔してるわよね」
いきなり後方から話しかけられた。
私が最後尾のつもりだったのに、いつのまにか別の参加者が来ていたのだ。
「そ、そうですね」
「すごく穏やかな顔なのに、作品はすごく力強くて、そのギャップがいいのよね」
その人は濃い緑色のベレー帽をかぶっていた。
ボブヘアだけど「おかっぱ」と言った方がよさそうな髪型で、毛先はバラバラに跳ねている。
黒縁の四角い眼鏡が目立っていた。
カーキ色の幾何学模様のチュニックと黒いレギンスパンツスタイルで、いかにも美術に詳しそうな感じ。
「おかっぱ」さんが言うように、ジュネさんの作品は力強い。
欠けたコンクリートブロックに、ピンク色のペンキをスプレーしたもの。
赤く錆びた鉄板に黒いペンキで、どこかの国の言葉をなぐり書きしたもの。
そんな作品が続くので、どういう気持ちで眺めて、どういう感情を受け取ったらいいのか……
「よくわからない……」
思わずつぶやくと、おかっぱさんは言った。
「ジュネは言ってたわ。意味なんて考えなくていい。今ここで自分が感じたままを感じるの。わからないなら『わからない』でいいって」
鑑賞会では、学芸員が作品の説明や作成時のエピソードを話すのだが、おかっぱさんは小声でいろいろツッコミを入れてくる。
「それは廃墟で拾った有刺鉄線で雷を表したのよ」
「お母さんが倒れて、美術学校の卒業式には参加しなかったわ」
やはり美術マニアだったようだ。
でもそのツッコミは私にしか聞こえていないようで、他の参加者や学芸員は、特に気にすることもなく順路を進んでいく。
展示室の奥に、参加者の目を引くオブジェがあった。
キャスケットや封を切った外国たばこ、使い古した万年筆などの小物がそれぞれ透明な樹脂で固められている。そしてそれらがいくつもくっついて一つの大きな塊になっているのだ。
学芸員が解説する。
「これは、ジュネがスランプに陥った時にその苦しみを表した作品だと言われています」
おかっぱさんはすかさず言う。
「あれは……パートナーが遺したものたちよ。同居していたパートナーが亡くなって、泣きながら遺品を固めたのよ。パートナーがいなくなったからスランプに陥ったのよ」
学芸員も評伝を読みながら解説しているので誤りはないのだろうが、私はおかっぱさんが話す内容のほうが、なんだかドラマチックで興味深かった。
鑑賞会が終わり、参加者は解散した。
私はもう一度展示室を一周した。
ジュネさんの作品はやっぱりよくわからなかったが、わからなくてもいい、感じたまま見ようと思った。おかっぱさんもしばらく一緒にいたが、何も言わず、いつのまにかいなくなっていた。
図録を買って、帰りのバスの中でパラパラとめくった。
ジュネさんが美術学校の友人たちと談笑している古い写真があった。
あれ?この人……
ジュネさんの隣で笑っていた女性は、キャスケットをかぶり、胸ポケットには万年筆があり、片手に外国たばこの箱を持っていた。
黒縁の四角い眼鏡をかけたその顔は、まぎれもなくおかっぱさんだった。
背筋がちょっと寒くなった私が目を丸くしていると、なぜかバスの車内にローズマリーの香りがふわっと漂った。
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#風まかせ文芸部 に参加しました。
お題「芸術」
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【今日の画像】みんなのフォトギャラリーから。
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こんな時「香りがついていたらいいなぁ」と思います。
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