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祓われて、澄んでいく~東国三社巡りと『となりの小さいおじさん』から感じたこと~

本日、東国三社巡りに行ってきました。

鹿島神宮、香取神宮、息栖神社。

この三社を巡るようになって、かれこれ10年ほどになります。

毎年のように足を運んできた場所でしたが、夫が亡くなってからは、しばらく行きそびれていました。

行きたい気持ちはありながら、以前と同じようには動けない自分もいて、少し間が空いていたのです。

今年は初もうでも、都合が合わずに行けませんでした。

だから、5月31日の今日が、私にとっては今年の初もうでのような日になりました。

ちょうど大祓の時期。

どの神社にも、茅の輪が用意されていました。

鹿島神宮では、茅の輪は明日からくぐれるとのこと。

香取神宮では、長い行列ができていて、八の字にゆっくり回ることはできませんでした。

そして最後に訪れた息栖神社で、ようやくゆっくりと茅の輪をくぐることができました。

人形の紙に、そっと息を吹きかける。

自分の身についたものを、紙に移すようにしてお祓いをする。

その所作をしながら、
ああ、私はこういう時間を必要としていたのだなと思いました。

神社の境内に入ると、空気が変わります。

木々の佇まい。
鳥居の向こうに広がる静けさ。
祝詞の響き。
お祓いのときに、大麻を振っていただくあの感覚。

何かが劇的に変わるわけではありません。

けれど、身体がスッとする。

自分の内側にたまっていたものが、少しずつ祓われていくような感覚があります。

重たくなっていたものが軽くなる。
ざわついていたものが静まっていく。
外側に向きすぎていた意識が、自分の中心に戻ってくる。

身体をめぐるエネルギーが、浄化されていくような感じ。

こういう体験は、きっと誰にでもあるのではないでしょうか。

神社でなくても、
森の中を歩いたとき。
海を眺めたとき。
深く呼吸をしたとき。
誰かのあたたかい言葉にふれたとき。

身体がふっと軽くなる。

「ああ、大丈夫かもしれない」と思える。

それは、頭で理解するより先に、身体が知っていることなのかもしれません。

そういえば、私には毎朝の小さなルーティンがあります。

神棚に、塩と米と水をお供えし、手を合わせることです。

神棚は、夫が生前お祀りしていたものです。

夫が亡くなってから、それを私が引き継ぐようになりました。

とはいえ、私にとって神棚に手を合わせることは、どこか懐かしいことでもあります。

子どものころ、祖父や父が毎朝そうしていた姿を見ていました。

だからなのか、私の中ではそれほど特別なことではなく、自然に暮らしの中にあるものとして受け取っているのかもしれません。

毎朝、私はこんなふうに祈っています。

私が最幸の人生を送るために、今日も最幸の一日を送れますようお助けください。

私の大切な人、ゆかりのある人が幸福で平和でありますように、お助けください。

世界が幸福で平和でありますように、お助けください。

いつもお助けくださいまして、ありがとうございます。

こうして書くと、少し照れくさい気もします。

でも、これは私にとって、かなり大切な一日の始まりです。

祈りでありながら、同時にアファメーションのようでもあります。

今日をどう生きるのか。
何に心を向けるのか。
自分の人生をどう扱うのか。

朝のほんの短い時間に、それを自分に思い出させているのです。

考えてみると、昔の人は、こうやって自分を整えることを知っていたのかもしれません。

一日の始まりに手を合わせる。
感謝をする。
自分だけではなく、身近な人や世界の平和を祈る。

それは、目に見えない何かにお願いをするというだけではなく、
自分の内側の向きを整えることでもあったのではないかと思います。

自分を整える。
場を整える。
今日という一日に向かう姿勢を整える。

エネルギーを上げることは、もしかすると、こういう小さな習慣の中にもあるのかもしれません。

最近、『となりの小さいおじさん』という本を読みました。

不思議なタイトルです。

見えない存在や、スピリチュアルな世界にもふれる本なので、こういう話をどう受け取るかは人によって違うと思います。

でも、私は読みながら、何度も思いました。

やっぱり、そうなのかもしれないなあ、と。

人はエネルギー体である。

そう言われると、少し不思議な感じがするかもしれません。

でも、コーチングの場にいると、その人のエネルギーが変わる瞬間に立ち会うことがあります。

最初は、少し重たそうだった声が変わる。
表情が明るくなる。
視線が上がる。
言葉に力が戻ってくる。

場全体の雰囲気が、ふっと変わる。

そんなとき、私は思わず言うことがあります。

「今、エネルギーが上がりましたね」

これは、比喩でもあり、でも比喩だけではないようにも感じています。

人は、言葉だけでできているわけではありません。

考えだけで動いているわけでもありません。

身体があり、感情があり、気配があり、場があり、そこに流れているものがある。

その全部を含めて、その人なのだと思います。

『となりの小さいおじさん』の中で印象に残ったのは、エネルギーを上げていくには、自分と自分の身近にいる人を幸せにしなさい、というような言葉でした。

それを読んだとき、私は嬉しくなりました。

あ、これ、私がやりたいことだ。

そう思ったのです。

大きなことを成し遂げるとか、特別な誰かになるとか、そういうことではなくて。

まず、自分を幸せにする。
そして、自分の身近にいる人を幸せにする。

自分の内側を整え、身近な関係性をあたたかくしていく。

それがエネルギーを上げることにつながるのだとしたら、なんて自然で、なんて大切なことなのだろうと思いました。

本当かどうか。

証明できるかどうか。

もちろん、そういう問いもあります。

でも、こういう不思議な話は、事実かどうかだけで受け取らなくてもいいのかもしれません。

それが、自分にどんな生き方を教えてくれるのか。

そこに耳を澄ませてみる。

そういう読み方があってもいいのだと思います。

そういえば、長い人生の中で、直感が働くときがあります。

なぜか、そちらに行った方がいい気がする。
なぜか、この人に連絡した方がいい気がする。
なぜか、今はやめておいた方がいい気がする。

理由は後からわかることもあれば、わからないままのこともあります。

でも、振り返ると、その直感に助けられてきたこともたくさんありました。

もしかすると、私にも「小さいおじさん」はいるのかもしれません。

見えないけれど(笑)。

そんなふうに思うと、人生は少し愉快になります。

見えないものに振り回されるのではなく、
見えないものにも支えられていると思ってみる。

それだけで、世界の見え方が少し変わる気がします。

エネルギーを上げる。
波動を上げる。

そんな言葉を使うと、少しスピリチュアルに聞こえるかもしれません。

でも、今日の東国三社巡りと、毎朝の神棚への祈りと、この本の読後感が重なって、私の中ではこう感じています。

エネルギーを上げるとは、
無理に明るくなることではなく、
自分を澄ませていくこと。

波動を上げるとは、
特別な力を身につけることではなく、
自分と身近な人を幸せにする方向へ、日々の選択を整えていくこと。

祓われて、澄んでいく。

身体が軽くなる。
心が少し静かになる。
自分の中の信頼が戻ってくる。

それは、残りの人生を豊かにしていくために、とても大切なことなのだと思います。

いただいたお札は、神棚にお祀りします。

でもそれだけではなく、
私自身の中にあるエネルギーを整えていくための、ひとつのしるしにもなるような気がしています。

見えないものに、少し背中を押されながら。

またここから、
自分を幸せにし、
身近な人を幸せにする方へ。

自分の場所で、自分の歩幅で、歩いていこうと思います。

自分を整えること。

見えないものに支えられている感覚を思い出すこと。

そして、自分が本当に向かいたい方向に、少しずつ歩いていくこと。


今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。

♡KAOコーチの最幸な日和だより♡


ライフパーパスコーチングでは、占星術のチャートとコーチングの対話を通して、自分の本質や人生の方向性を見つめていきます。

また、パーソナルコーチングでは、日々の揺らぎや迷いを言葉にしながら、自分らしい選択を取り戻していく時間を大切にしています。

人生の流れを見つめ直したいとき。
自分の内側の声を、もう少し丁寧に聴いてみたいとき。

必要な方に届きますように。

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