大学生の時がんばったこと
こんばんは、☺(かお)です。
今日は、大学生の時頑張ったことの第二弾を書いてみたいと思います。募金活動についてです。団体の発足から割ときちんと関わり、SNS運用、街頭募金などをしていました。
前回は、大学によっては挑戦できない部分もありましたが、今回は、行動力さえあればできたことだな、と思いますので、参考にしていただければと思います。
※地震の話を含みます。細かな描写はありませんが、苦手な方は避けてください。
第一弾はコチラ↓↓↓
切っても切れない阪神淡路大震災
私の生まれ年は1995年。
出身は関西ですので、近い場所で発生した地震です。
経験はしていないものの、小学生・中学生・高校生、すべての学生時代に、この震災についての話を聞き、
大変だったことを知っています。
だから、地震が起きると結構ビビります。
震度1でも2でも、揺れるとドキッとするし、次に大きい地震があるのではないかとヒヤヒヤもします。
何もできなかった東日本大震災
東日本大震災が起きた年は、私は高校生でした。どうしてか学校ではなく、家でテレビで観ていました。なんで家にいたんだろう、わからないけど。
出かける前に、静かに、波が街を飲み込む様子をみて、心臓が止まりそうになりました。息ができない感覚に陥りました。
それでも画面の先の出来事。少ししたら落ち着いて、塾か学校に向かった記憶があります。
当時は自分の毎日で精いっぱいだし、特に何もしなかったです。スマホももっていなかったし、情報はテレビだけ。
父親は、知り合いがいることもあり、物資支援に奔走していました。たくさん買い物して、届けていました。
そんな姿も見ていたから、なんかなんにもできないなぁ~自分。という感情がもやもやとしていたと思います。
動けた熊本地震
その後大学生になって、熊本地震が発生しました。
この時も、ニュース・ツイッターを見て心を痛めました。そして、なんかしたい!役に立ちたい!と思ったんです。
女性で非力。料理しないから非力(笑)。それに授業あるから現地には行けないし。考えた結果、選んだのは大学周辺での募金活動でした。
私が所属していた大学は、関西にいくつかキャンパスがありました。運よく、同じような考えの、同じ大学の人がツイッター上にいて、声をかけ、キャンパス合同の募金団体を作ろう、という話になりました。
最終的には500人ほどの学生が賛同し、京都の街中での募金活動、キャンパス内での募金活動を実施し、地元が九州の幹部メンバーが、現地まで届けました。
継続的に募金活動を続けるべきではあるのですが、メンバーの大半が就活やらなんやらで忙しくなることなどがあり、約半年間の活動となりました。
集まった金額は確か100万円ほど。
海外からの募金も集めるためにFacebookでページを作り、口座を用意し、募ったことも記憶しています。
出来たこと、動けたこと、それがまず大事だなぁと思う。
当時は、何かしたい。何かできることはないか。とにかくそれしか考えていませんでした。
そして、運よく同志をみつけて活動することができました。現地に行かなくてもできることがある。一人じゃ100万円捻出できなくても、皆さんの善意で100万円になる。それが実感できました。
全国放送のニュースに取り上げてもらい、学内報にも取り上げてもらい、とてもいい経験になりました。
「地震」という心が痛む自然現象を使って、いい経験というのもなんかちょっと違うような気もしますが、
でも、いい経験だったんです。
同じことを、今、できる自信はありません。
大きな地震が起きて、遠くにいても、それだけ動くことはできなくなりました。学生だからこそできた活動だったと思います。そしてSNSがあったからこそ形になりました。
この経験を伝えて、募金活動しろ!っていうのではありません。学生だからこそ、できることがある。考えて、行動すると、賛同する人がいる。同じ考えの人と何かを形作ることはとても達成感があること。
それを伝えたかったんです。
誰から何と言われようとも。
多分、この記事に対して、思うことあると思います。批判的な意見も中にはあるでしょう。
でも、100万円を現地に届けたことは事実としてあり、活動した経験が私の中にはあります。
動けば誰かに批判されてしまうような世の中になってしまったことをすごく悲しく思いますが、倫理的にNGでなければ、
そして自分の活動に自信を持てるのであれば、他人からどう評価されても、問題ないと思います。
何かを始めようとしている皆さん!頑張ってください。私は、応援します。
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