ほっとできる場所を確保すること
子どもは親という安全基地を確保することによって、ここに戻ってくれば大丈夫だという安心感を得た結果、好奇心を持って外の世界への探索を行うことができ、そして世界が広がっていく。だったら子どもが成長した大人にだって、安全基地とまではいかなくても、ほっとできる場所が必要なのではないかという話。
自分でも気づかないうちに5年掛けた時間がほっとできる場所を作っていた
用事があったため、久しぶりに前の職場に顔を出した。慣れ親しんだ場所。いくらか顔ぶれは変わっていたけれど、同僚に会ってお互いに近況などを話し合って帰ってきた。
楽しかったし、ほっとした。・・・でも、前の職場にそこまで思い入れはなかった気がするのに、どうしてだろう?
自分は別に職場の人と仲良くならなければという気持ちはなく、仕事がスムーズに進む範囲で付き合えればよいと思っていた。最後の日でさえ送別会がなくてよかったと感じていたくらいだ。
けれど5年も同じ職場に通えば、誰だってある程度の立ち位置は確保できるし、見知った顔も増えていった。自分はすぐに人と仲良くできるタイプではないけれど、時間を掛ければ少しずつ話しやすくなっていった人も多かった。
だから、子どもにとっての親のような安全基地とまではいかなくても、自分にとってはほっとできる場所だったんだと今では思う。そう、本人の気持ちとは関係ない思わぬところで。それはたぶん時間が作り出したものだ。
時間✖️気持ちで作られるほっとできる場所
今現在はピンとこないかもしれないけれど、何でも時間を掛けることによってほっとできる場所に化けることがある。人との関係とも、カフェなどのお店とも、自分のへの信頼感だって。
何がそうなるのかわからない以上、もちろん合わないと思ったことにすぐ見切りをつけることも必要だけれど、大事にしながら時間を掛けていくことで変わっていくこともある。
そして、自分は職場で円滑に業務を進められるくらいは人間関係を大事にしようという程度の気持ちだったけれど、たぶんそこに更に自分の気持ちを掛けていけば、必要な時間はもっと早まっていく気がする。
今付き合っている人、時間を掛けているモノを大切に
自分はもう前の職場には戻れない。戻れなくなってから大切な場所だったことに気づいた。中にいた時はわからなかった。気づけたことは、ある意味で良かったことだと思う。
もしかしたら、今自分の周りにいる人達だったり、時間を掛けているものが、これからの自分のほっとできる場所、大切な場所になっていくかもしれない。時間は不可抗力な部分もあるけれど、少なくとも自分の気持ちは調整できる。
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