見出し画像

「教える」側の人間が「教わる」3つのこと

「教える」って奥が深い仕事だなと先生やっていると思います。でも、別に教師でなくても、上司として、先輩としてなど、別にやりたくないのに「教える」立場になってしまった人もいるのではないでしょうか。

「教える」側にも、教わることはあります。3つ紹介したいと思います。

「知ったつもり」の情報から、本当に分かるようになる

よく言われていることですが、これは真実です。

分からない人に伝えるためには、自分が正しく分かっていないと伝わらないからです。

一つの角度からは分かっていても、別の角度から「これってどういうことですか?」と聞かれると意外と分からなかったりします。

自分がいかに今まで感覚に頼っていたのかも実感できます。

例えば平仮名の教え方。大体の人は何となく自然に覚えたような気がするのではないでしょうか。私は今障害児教育の分野にいるので例に出しますが、めちゃめちゃ奥深いです。ざっくり説明すると

・「あ」と「ま」は形が違うと分かる(大前提として文字の細かい違いを見分けられない場合は平仮名学習はまだ早いです)
・一音に一文字が充てられていると知る。「あ」の発音は「あ」
・文字に意味があることを知る。「て」は手。「き」は木。「いぬ」「くるま」のように多音節の文字を塊として認識してしまうことを避けるために、一音一文字からが基本。
・「いぬ」→「い」「ぬ」と作れる。分解できる。

そこから更に動詞の学習、文の学習などに進んでいきます。感覚的に覚えてしまった部分、今はもうできる部分を教えるのはとても大変で、教える側も勉強しないといけません。必然的に、知識が身に付きます。

人の受け取り方は千差万別

これも思います。同じことを同じように教えたのに、Aさんにはめちゃくちゃヒットしたにも関わらず、Bさんには全く伝わっていなかった。教師をやっていると、この年、この先生はすごい評判良かったのに次の年は学級崩壊しそうになっているとかいうこともあります。

何で違うのか。教わる側のやる気だったり、環境だったり、年齢だったり、今までの経験だったり、頭の回転の速さだったり。いろいろな要因がありますが、とにかく同じようには絶対に伝わりません。

人って本当にバリエーションあるなあと思います。だから、伝わるように努力はしないといけないですが、現実問題として教える人と教わる人の相性もありますので、あまりにうまくいかなくても自分を責めないでください。教師ならともかく、例えば会社の関係であれば部下だって大人ですし、責任がありますから。

教わる側から気づき、学ぶ

たいてい、教える側というのは教わる側に比べて経験があって、その業界・知識のことをよく知っている人になります。業界に長くいると、どうしてもその業界の考え方に染まってしまう部分がありますが、教わる側の何気ない一言で新しい考え方が入ってくることがあります。それは、自分が本来持っていたけれど忘れてしまったことかもしれないし、全くの未知の考え方かもしれない。

それに気づけるか気づけないかって、教える側が教わる側を個として尊重しているかということではないかな。加えて、教わる側が自分の考えを言いやすい関係性や環境があることも大切ですね。

「教える」って自分と同じ知識と考えをコピーした人間を作り出すことではないんです。教わる側だけが影響を受けているのではなくて、お互いに影響を与え合っているのだと思います。

前回書いた教育記事はこちら。



いいなと思ったら応援しよう!

おなつ 読んでいただき、ありがとうございました。おなつの記事一覧はhttps://note.com/kaonatu/n/nfee4335744e2から飛べます!これからもよろしくお願いします!!