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「何かをやりたい」「何かになりたい」に理由って必要なのかな

聞かれたくないこと第一位は、「趣味は何ですか?」と「あなたの将来の夢は?」(2つ)

私はやりたいことがコロコロ変わる。昔から盲導犬訓練士やら天文台の人やら、突拍子もない夢をよく考えついては、どれも現実的でないし結局特に何かアプローチするわけでもなく終わっていた。

部活も中学高校大学全部違う。中学から「バレーボール一筋!」とか、そういう人に憧れはあり、熱血部活漫画は大好き(「ハイキュー!!」はいいぞ…)。だけど「継続は力なり」が無理だった。飽きた。

就職して、別にそこまでやりたい仕事ではなかったけれど、もういい大人だし仕事をしていれば一つに絞れるかと思っていた。仕事は普通に楽しかった。しかし、三つ子の魂百まで。次第にやりたいことがムクムク出てきている。

最近はライターになりたかったり、エッセイ書きたかったり、農業やってみたかったり、駄菓子屋やってみたかったり・・・相変わらず突拍子のないことを突然思いつく。とにかくやってみたくて、でも何かを決めてしまったら本気で向き合わないといけないからそれを避けている。

夢や仕事などそういった大きなものだけではなく、趣味レベルの小さなものでもそうだ。何となくやりたいことはたくさんあるけれど、頭で考えただけで実際にやったものは少ない。

やりたいけど、本当にやりたい大きな理由がないし、失敗したら嫌だし。

何かに一筋な人だったり、夢を実現させた人はきっと大きな理由や強い意思を持っているんだろうなあと憧れて。

それに比べて自分は何て中途半端なんだろうと思っていた。


続かなくても、やってみたら思わぬところでつながった

でもさあ・・・ここまできたら「もうやりたいことが定まらないのが自分の特性なんだ」って最近は開き直ってしまった。

何となく日本って、「一つのことをやり遂げる」とか「途中で諦めない」とか、そういうことが推奨されているから居心地悪かった気がするけど。

一筋にはなれないけれど、やってみたいことがたくさんあるのって別に悪いことじゃないし、誰にも迷惑はかけない。

でも1個変えたのは、とりあえず理由がなくてもやってみたこと。

noteを始めた。書いてみるってどんな感じなのか知りたかったから。読むのはもともと好きだったんだけど、書くことも好きだなって分かった。上手くなっているかは分からないけれど。

ライター講座にも通ってみた。誰かに取材をしないといけなくて、みんな取材理由が高尚なものだったからビビッてしまった。そして、「理由ないからできない症候群」に陥るのだけど、取材したい人を見つけたのはたまたま農業やってみたい欲が高い時に見ていた農家さんのyoutube。

実際にド素人が農家さんに取材に行けて…取材思ったより楽しいな!って分かった。農家さんへの敬意も湧きました(農業やりたい欲はとりあえず家庭菜園から発展させていこうと思った)。

「何かをやりたい」がどうやってつながっていくかなんて分からない。


よく考えたら、私はそれをずっと昔に知っていた。

私は読書が好きで、昔から図書館通いをしていた。今でこそ時間がないので、「〇〇を知りたい」からこの本を買うことが多いけれど、昔は手当たり次第に気になった本を読んでいた。それが楽しかった。

書くことをしたいと思ったのは、本を読むことが好きだったからだし。

私が国語の成績が良かったのは、本を読んでいたからだねとよく言われるけれど、別に国語ができるようになりたくて本を読んでいたわけではない。

ただ、楽しかったからやっていただけ。理由なんていらなかった。

そして本が好きという経験は、私の人生をずっと支えてくれている。


志望理由がなくても、仕事はできる。

それから、別に仕事にやりたい理由なんてなくても、お金はもらえるし仕事はできた。それにやってみたら意外と楽しめる。

たぶん自分が教育学部にいたからだと思うけれど、このご時世に教員になりたい人ってけっこうちゃんとした理由がある人が多かった。「部活をやりたい」「親が教員」「昔教わった先生に憧れて」とか。

だから、何となくそういう人たちに比べて引け目を感じていたんだけれど。

働き始めたら、別に「思い」も「理由」も求められなかった。ただ結果を出せるように、頑張って働けばいいだけだった。

まあ、入社するのに志望理由を大体聞かれるから、それを考える必要はあるけどね。

もちろん、中には強い思いがないとできない仕事もあるかもしれないけれど、ある程度までだったら大丈夫なんじゃないかと今は思っている。


一本芯が通っている人はたしかに素敵だし、今だって憧れている。でもそれができなかったからって悲観的になる必要はないだろうし。

今は「何かをやりたい」って思えることも素敵だと思うんだよね。どんなに小さくても否定しなくていいと思う。

私はずっと自分にはやりたいことも、夢もないと思っていたけれど、「やってみたい←やりたい確固たる理由や過去の経験がある、また得意を生かすという前提」を外したら、けっこういろいろ考えていたことに気づいた。







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