手織りに憧れて数十年、やっと願いが叶う
このところ、手織りのコースター作りにハマっている。
前回の記事でも書いた通り、きっかけはかぎ針編みのコースターだった。
メンタルを整えるために、小さな手作りをしていたのだけど、何気なくネットを見ているうちに「手織りのコースター」というものに出会った。
それも、それを織るのにぴったりな、おもちゃのように小さな織り機があるらしい。
気づいたら、もう買っていた。
そして、織り始めていた。
糸を一本一本、行き来させながら、少しずつ布になっていく。
その単純な繰り返しが、不思議と心を落ち着かせてくれる。
編み物とも少し違う、でもどこか似ている、静かな時間。
そういえば、手織りには昔から憧れがあった。
二十代の頃、渋谷の 東急ハンズ渋谷店 に、本格的な織り機が展示されていた。
何万円もする大きな機械で、到底すぐに買えるようなものではなかったけれど、何度も足を運んでは、じっと眺めていた。
もしあのとき、無理をしてでも買っていたら、
もしかしたら、違う人生になっていたのかもしれない。
でも、買わなかった。
選ばなかった。
だからこそ、今の私がここにいる。
そう思うと、少し不思議で、少しだけやさしい気持ちになる。
遠回りしたようでいて、ちゃんと今にたどり着いているのかもしれない。
そして今、初めての本格的な手織り機が、もうすぐ届く。
クローバーの「咲きおり」。
箱を開ける前から、もう少しだけ胸が高鳴っている。
久しぶりの、この感じ。
何を織ろう。
どんなものができるのだろう。
織模様の本を見ていると、手織りの布で作ったバッグが載っていた。
ああいうものが作れたらいいな、と、ぼんやり思う。
そういえば昔、麻紐で編んだカゴバッグを、ハンドメイドサイトで販売していたことがあった。
小物も出していたけれど、不思議と売れるのはバッグばかりだった。
手織りのバッグも、需要があるのだろうか。
……と、ここで急に現実的なことを考え始める。
ミシンが必要だな、とか。
うちのミシン、まだ動くだろうか、とか。
押し入れの奥で、もう十年以上眠っているはずだ。
なんだか、だんだん話が大きくなってきた。
大丈夫か、私。
でも、こういうふうに、少し先のことを思い描いてしまうのも、きっと悪くない。
小さなコースターから始まって、少しずつ広がっていく。
いまはまだ、途中。
完成していないものを抱えながら、
それでも手を動かしているこの時間が、たぶんいちばん大切なのだと思う。
だから結局、答えはひとつ。
作りたいものを、作るしかない。
