丘の上の小さな木
丘の上に、小さな木が一本ありました。
風の通り道のようなその場所で、木はいつも空を見上げていました。
春にはやわらかな光をあび、
夏には強い日差しに少しだけ疲れて、
秋には落ち葉の音を聞き、
冬には冷たい風に体を縮めます。
その木には、ひとつだけ大切な夢がありました。
「ぼくは、トヨコロのハルニレさんのような、立派な木になるんだ」
遠くの町にいるというその大きな木のことを、旅をしてきた風が教えてくれたのです。
とても太くて、枝を大きく広げていて、長い年月を生きてきた、堂々とした木。
小さな木は、その話を聞くたびに胸をふくらませました。
「ぼくも、あんなふうになりたいなあ」
けれど、現実はそう簡単ではありません。
丘の上は風が強く、
雨の日には土が流され、
夏の日差しは容赦なく、
冬の寒さは骨のようにしみ込みます。
「どうしてぼくは、こんな場所にいるんだろう」
ある日、小さな木はつぶやきました。
「もっといい場所に生まれていたら、もっと早く大きくなれたのに」
そのとき、足元の小さな花が、やさしく言いました。
「ここはね、空がいちばん近い場所なんだよ」
小さな木は、はっとして顔を上げました。
たしかに、丘の上からは遠くまで見渡せて、空は広く、どこまでも続いていました。
その夜、風がまたやってきました。
「ねえ、ハルニレさんは、どんなふうにしてあんなに大きくなったの?」
小さな木がたずねると、風は少し考えてから答えました。
「強い風にも、長い時間にも、逃げなかったんだよ。
その場所で、じっと立ち続けたんだ」
小さな木は、静かに目を閉じました。
風に揺られながら、
雨に打たれながら、
太陽に照らされながら、
「ここでいいんだ」
そう思いました。
それからというもの、小さな木は、自分の場所を嫌がることをやめました。
風が吹けばしなやかに揺れ、
雨が降ればしっかりと根を張り、
少しずつ、少しずつ、大きくなっていきました。
何年も、何十年も、過ぎていきます。
ある日、丘の下を歩く旅人が、足を止めました。
「なんて立派な木だろう」
そこには、大きく枝を広げた一本の木がありました。
丘の上で、空に向かってまっすぐ立つ、その姿はとても堂々としていました。
風がそっとささやきます。
「ねえ、気づいてる?」
木は、ゆっくりと葉を揺らしました。
遠くにいると思っていたハルニレさんの姿が、
いつの間にか、自分の中に重なっていたことに。
丘の上の木は、もう小さな木ではありませんでした。
けれど、あの頃の夢は、今も胸の中で静かに光っていました。
空は今日も広く、
風はやさしく吹いています。
そしてその木は、変わらずそこに立ち続けていました。
