🌱不登校の子どもを抱える親の居場所
「そういうもの」
自分の子ども達が不登校になった時
この子達の居場所はどこになるんだろう…と思った。
子どもは学校に通うもの
学校で友達と遊ぶもの
学校で先生から教わるもの
当時私の心の中には
当たり前のように「そういうもの」が
渦巻いていた。
そして、親である私自身も
「そういうもの」に憑りつかれていた。
親は子どものために尽くすもの
子どもの元気を支えるもの
親は笑顔でいるもの
小中学生、高校生の親です。
私はちゃんとした親です。
“親”というカタマリにちゃんと所属していたかった。
「そういうもの」であるために必死だった。
何年か経って、自分が壊れた。
そしてやっと気づいた。
所属していることが大事なのではなく
社会的な分類が「居場所」ではないことに。
自分の「心の居場所」とは
わかりやすくどこかに所属するのは多数派であり、
変に目立つ必要もなくいわば安泰だ。
でも我が子は所属していた場所を怖がり、
行くことができなくなった。
そしてそういう自分をひどく責めた。
はみ出してしまうことは怖い。
しかし
所属している場所や自分に違和感を持ち
苦しんで苦しんで
自分自身を見失うのは本末転倒なのだ。
自分の生きる力を削ってまで
その場にしがみつく必要はない。
今の私はそう言い切れるし
子供たちもそう思えるようにやっとなった。
自分は子どものことが大切だ。
それは何も変わらないのだから
どこに所属しているのかは問題ではないのだ。
子どもたちも、学校にいようが家にいようが
フリスクにいようが適応教室にいようが
そんなものはどこでもいい。
自分の「心の居場所」は
自分が自分でいられる場所のはずなんだ。

自分を見失ってしまった子どもたちと
その親御さんたち。
自分を再び見つけて欲しい。
親と子は別人格であり、
子どもも親も「自分」を生きて欲しい。
私が今活動している「不登校おはなし会」は
親が自分自身の心の内を吐き出し、
それを再び耳にして自分を認識する場所。
また、一緒に参加されている他の方々の話を聞き
「自分」を客観視するための場であり時間。
親も子も自分を生きるためには
親自身が「私は今こうなんだ」を
しっかり見つめること。
私はおはなし会の場が
自分の心の中を再認識する場に
是非なって欲しいと願い、開催している。
それこそが私が考える、
自分はここでこうしているという肯定であり
それが自分自身、
つまり自分の心の居場所になるのだと思う。
私はそんな場を提供していきたいと思う。
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乃井 万さんのこちらの記事に賛同し、
投稿致しました。
乃井 万さん、
素敵な機会をありがとうございました!
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