🌱私の考える「不登校児を見守る」ということ
少し前ですが某 SNS 媒体で広がった
「不登校見守り」論争
基本的に私は
そういう論争の類には参加しません。
主義主張があることは否定しませんが
どなたかの考えや発信内容を蔑む行為には
加担したくないからです。
ただ、アルゴリズム的に
不登校というワードが書かれていれば
私のタイムラインには当然流れてきます。
そこで今回は
私の思う「見守り」について
書きたいと思います。
「不登校児を見守る」ということ…
これは、単に
子供の好きにさせるという意味ではありません。
◇◇◇
まず最初に
共通の理解をしておかなければならないこととして
学校に行けないほど傷ついた子供たちは、
自分の心をうまく表現できません。
表現できないから我慢し続け
ある時学校に行けなくなるのです。
仮にそれまでに親や先生が
「困ったことがあればなんでも相談してね」
と言っても、うまく説明できないのですよね。
大人でもそういう方もいませんか??
私自身、あまり自分の困り事を
誰かに相談するのは苦手です。
ましてや子ども達は
まだまだ言語化が難しい場合も多く
原因がはっきりしない場合もあります。
親や先生は「子どもは困ったら相談してくれる」と
いくら思っていても、
実は大いに抱え込んでいるケースがあることを
知った方が良いと思います。
また子ども達は
親や先生に心配を掛けたくないから
ずっと我慢してしまうこともあります。
つまり、私たち大人は
子ども達の心の中を知っていると
思い込んではいけないのですよね。
◇◇◇
大人は子どもの心の中を
完全には理解できないと認識した上で
「見守る」ということは・・・
親は、先入観なしに子どもをしっかりと見つめ、
理解しようとしなければならないのです。
ピッタリ横に張り付いている必要はありません。
(余計に嫌でしょう、子どもも)
子ども達が監視されている気持ちにならないよう
距離を上手に取りながら、
アンテナを張りめぐらして欲しいのです。
子ども達のちょっとした言葉や行動の端々に
小さなヒントが隠されていますから。
また子どもの傷が徐々に回復してきた時や
新しいものに興味を持った時には
「やってみよっか」と寄り添い、
背中を軽く押してあげることも大切ですよね!
チョンと押してみたものの
「まだだった~!」
という時もあると思います。
その時はまた、折を見ればよいと思うのです。
つまり私の思う「見守る」とは…
子ども達の心の傷を癒すよう休ませること
先入観を捨てそのまま受け止めること
子ども達の変化を見逃さないよう寄り添うこと
「見守る」ことは簡単なことではありません。
「見守り」は放置ではなく
子ども達にしっかりと寄り添い
「見極める」ことなのだと私は思います。
必要な方に届きますように✨
**************************
こちらのシリーズはマガジンに収載しています。
*************************
私は現在「NPO法人こずえのつぼみ」の神戸ブランチとして
Zoomによる不登校おはなし会を開催しています。
少人数制で、心を整理できる時間になりますように😊
Zoomですのでどのブランチでもご参加OKです。
お申込みはこちらまで👇
https://forms.gle/HT3zeLqc1rC2E1Vw7

*************************
実体験も含むちょっと突っ込んだ内容の
有料記事もございます(一部掲載)👇
**************************
サイトマップはこちら👇
**************************
その他のSNSでも発信しています。
こちらも是非♬👉 X(Twitter)、 Instagram、 Threads
**************************
リアルの活動「#こずえのつぼみ 」では
『不登校』『発達凸凹』などのおはなし会以外にも
「自分時間」のおともに各種セミナーもあります!

いいなと思ったら応援しよう!
もしお気に召しましたらサポートいただけますと、とても喜びます✨いただいたサポートは自己研鑽のために活用致します!