香るエッセイ#3 | 成し遂げていないのに鮨を喰らう
母親がワサビが嫌いな人だったので、自然と私もワサビを食べない人生を歩んでまいりました。
ありがたいことに、最近妙に私にハマってくれていて、何かというと気にかけて下さるお客さんがいます。
「地獄に落ちるわよ」の名言でお馴染みの細き御方のネトフリ作品ご覧になりましたか?
時代背景で言うと、あの作品の頃と丁度同じ時代、そして同じ場所の銀座で寿司職人として活躍されていた方なのです。人生の大先輩であり、尊敬もしているので以下重鎮とお呼びします。
この作品。細き御方のドラマとしてももちろん面白かったですが、何度もお話いただいた当時の日本の勢いと、銀座の華やかさ。何度も見せて頂いた当時の貴重な写真の数々…が見事に映像化されている気がして、それはそれは感慨深く楽しみました。
第二次ベビーブーム生まれとしては、若き日の父と母が生きた時代でもありますし。母はある下町の駅近辺で、長年水商売で汗をかいて私を育ててくれました。それ以前には銀座で働いている期間もあったらしいので、作品中のクラブ内の女性の様子など見ると(こんな感じだったんかなぁ)なんて思いを馳せたり。
はい。
今日の「ノスタルジックが止まらない」はここまでにして。
今を生きる我が三人家族の構成。
ワサビが食えない父親(わし)
外食大嫌い両親に育てられた母親
成し遂げていないのに鮨を喰らう長女
娘。なんでこの両親に育てられて、そんなに鮨が好きなのかよく分からないのですけれども、まぁ、よく食うんですわ、鮨を。
何も成し遂げていないのに。
私の世代(50代)ですと、鮨ってアレじゃないですか。やっぱり何かを成し遂げた人間じゃないと行けないワンランク上の店じゃないですか。それが長女ときたら「何食べたい?」と聞くと「鮨か天ぷら。焼肉でもいいかな」と、浅草辺りで豪遊するインバウンドの皆さんのようなこと言うわけです。完全に育て方間違えました。ドバイと墨田区間違えるな。
うちは浅草より浅草橋が生息地なのに。
※浅草橋は安くて美味い店たくさんあります。
いや、でもそう言う理由は分かるんですよ。最近は鮨食べようとしたら、リーズナブルな店舗多いですし、アミューズメントと見間違うような大型店舗もあり(浅草のくら寿司は、寿司嫌いでも一度行く価値あり)敷居は随分と低くなってます。
それこそ我々世代がガキンチョの頃「よーし、誕生日祝いに鮨でも食いに行くか!」と言って連れて行ってもらった、あの「町のおすしやさん」に行かなくても鮨食べられるわけですよね。味とか雰囲気とかは抜きにして。だから「何食べたい?」へのアンサーが神速で「鮨!」なのでしょうが。
でも、やはり辛いわけです。
お安い食事じゃないですからね。記念日とか、何かを成し遂げた日(優勝とか入賞とか受賞とか)にしか食べれないはずだった鮨とか簡単に口にされると。
「今日は吐くほど食う」と入店前に宣言されると。
「たまには大トロからいくかな」とかほざかれると。
辛いを超えて憎い。
たとえ「鮨!」の店舗選択が、空いた皿を投入口に入れるたびに謎の抽選があり、当たる品物は退店後3分で存在自体を忘れるような、極々軽微なものしか見たことない店(口悪い…)が目当てで言っていたとしても、やはり「鮨!」には違和感があるおじさん世代です。
そんな成し遂げた時系飲食店でお馴染みの「おすしやさん」
父はたまーに成し遂げる(馬券)ので、高級店とは言わないまでも、そこそこの店には行っていますし、そこには当然家族も連れて行くので、花嫁も娘も他所で恥ずかしい思いをすることはない
…はずでした。
この春。前述の元・寿司職人の重鎮からお誘いを受けました。
「〇〇さんには世話になってるから、●×にある寿司屋で今度御馳走するよ。家族もそこに連れておいで。味は間違いないよ。なんと言ってもぼくの一番の弟子だから」
※どちゃクソ美味かったから、この重鎮の名前はもちろん、ほんとは店名とか場所とか具体的な記したいのですが、ガチで書籍まで出している系の方なので、出せないのです。こんな僻地のnoteで気にする必要ないとは思いますが。一応。
で、お誘いを受けて最初にしたのはもちろん店名を検索。凡人だもの。
食べログ
予算🌙15,000~19,999
お任せコース最上位が20,000
どうやら握りの価格表示は無いっぽい
なるほど。
なかなか手強そう。しかし我が家もお馬さんの頑張り次第とは言え、回らない店なら何度か行っている。それの上位互換だと思えば大丈夫。
問題ない。イージーだ。
しかし準備は怠ってはならない。対策を練らずして勝利は無し。
ワサビが食えない父親
→気合で食う
外食大嫌い両親に育てられた母親
→何か聞かれたらひたすら「おすすめください」
成し遂げていないのに鮨を喰らう長女
→大きな声で挨拶!
完璧。
重鎮と初対面の妻娘。挨拶や礼儀に関しては、妻は接客業長いですから大丈夫。高校生の娘もまぁまぁうるさく教えてきたので、その点に関しては自信がありました。並行して、上級国民埋め尽くされたカウンターでの食事の立ち振る舞いも大丈夫だろうと。
あとは経験が圧倒的に足りていない「お高いんでございましょ?」系おすしやさんでの立ち回りが懸念点。想定外の事態が起きた時に恥をかかないようにとミーティングをしました。
特に娘には「炙りなんちゃらチーズとか、ピザみたいな名前の握りねーから気をつけろよ」と一刀両断。
「オヤジもわさび食えよ」と、燕返し。
ミーティング終了。
当日。
宴が始まりました。乾杯後、重鎮の本の話題になり、一番弟子の大将にそれを持ってこさせて、いつもの「あんたにもプレゼントしたいんだけどなぁ。皆に持っていかれてしまって、もう無いんだよ」とお決まりのセリフ。
実は本を持っていったメンバーに自分もいるのですが…全くと言って良いほど読んでなくて(笑)本に書かれたことを聞かれるような場面になるのが怖くて、ずーっと内緒にしていました。まぁ、忘れてくれている方がお互いwin-winということですね(ちがう)
こんな風にnote書くのは好きなのに、とにかく読書が嫌いなわたくし。でも自慢や悪口以外の人の話を聞くのは好きなので、楽しく食事を進めておりました。そして心配事もいつしか酒の酔いに流されてすっかり忘却の彼方へ。いつの間にか注意深くもなんともなく、ただただ自分の好きなもの食していました。
箸は進んでいるのに、全く減らないワサビ。
どうやら重鎮は、刺身の一番うまい食べ方を指導したかったようで。でも隣席には、一向にワサビをつけずにひたすら食べ尽くすおじさん。痺れを切らしたのか「あんたはワサビはつけないのかい?」とクエスチョン。
「あ、もちろんつけます!」
普通は忘れるわけないのに「いけねー、忘れてた!」みたいな物の言い方しつつワサビに箸を近づけて…
(で、この先どうすんの?)
永遠に感じた一瞬の静寂。
50年以上生きてきました。
辛い経験苦しい経験たくさんしてきました。
ワサビに関して言うと、握りにおいてたまに間違いや、残すことが許されない場面で止むを得なく食すことがありましたが、うっかり刺身にワサビがついてしまうということは本当に有り得ないので、刺身にどうワサビをつけるかが分からなかったのです。乗せる?はさむ?醤油に溶かす?
あぁ、こんな罠があったとは…(罠ではない)
その時、時代が動きました。
手より先に口が動いたのです。
「ど、どのくらいつければ良いんですかね?」
自分でも何言ってるか分かりませんでしたが、気付いたら、どう考えても「好きな量つけろよ」としか答えようがない質問をしていました。でもこれが功を奏するから人生は面白い。
ワサビはからい。
重鎮は「このワサビはねぇ、食べる直前におろしているから(以下、ワサビ講座略)というわけ。わかった?」
「はい!わかりました!」
重鎮の口癖「わかった?」に対して、返事だけは良いおじさん。重鎮がやるように真似をして(どうやったのかよく憶えてないけど)人生五十年、はじめてのワサビ体験をしました。この交遊が無かったら還暦どころか、一生刺身にワサビつけたことない、まであったのではないでしょうか。
真面目な話。今まで食べてこなかった日々を返して!って言うくらいワサビが美味しかったのです。あの、イヤーなツンとくる感じが全くない!なにこれ感激!生まれてから今に至るまで毛嫌いしていたワサビ。ついに出会えた!こんにちは!の思いでした。
(後日談)調子に乗ってスーパーで買った刺身に、付属していたワサビをつけて食べてみたら「天にも昇る不味さ」でした。二度と食べません。
というわけで、事前に気を配っていた課題は克服しつつも、作法でマイナス点。重鎮からしっかり御指導を頂戴した父。対照的に隣の女子高校生は順調に食べ進めていました。私に苦手なものをそっと回したり「おすすめなんですかね?」と聞いてみたり、食事を楽しんでいる様子。
そして終盤戦。
お店の大将も、おそらく考えていた一通りを提供し終わったのでしょう「何か食べたいものある?」と長女に聞きました。その問いが呼び水となって綻びが生じたのです。
「サーモンください!」
!!!
わー!言うの忘れとった!
(サーモンのこと言っておかないと)と一度は脳裏をよぎったのに!
※鮨屋でのサーモンの話はそれぞれ検索してください。
大将は「いやぁ、扱ってないのはこちらの都合ですからねぇ」と優しい。重鎮はニコニコと(かわいいやっちゃ)と言う眼差し。妻は何が起きたのかさえ分かっていない表情。おじさんだけが1人恥ずかしそうにペコペコしている。
しかもそのあと大将が「あぶら乗ってるの好きだったらこれどうぞ」と娘の前に美味そうな握りをどーんっと。
「キンキの炙りです」
は?なんで?
「美味しそう!有難うございます!」←喜び方がプロ。と言いながら頬張る娘の隣席で(たまご焼きどちゃクソ美味いけど、次お代わりしたら四回目だから恥ずかしいな。やめとこうかな…)とモジモジしていたおじさんは思いましたね。
何だこの不平等社会。
というわけで。
重鎮プレゼンツ。娘との高級鮨店初体験対決が終わりました。ワサビを初めて食べて克服した父。サーモンとか恥ずかしいこと言いやがったのに、キンキの炙りを獲得した女子高校生。
試合に勝って勝負に負けた。
そんなことを思いながら、ほろ酔いで帰った楽しい晩となりました。美味しかった。重鎮、ありがとうございました。また機会があったらぜひお願いします!
香るエース。
追伸1
妻の様子ですが、重鎮からずっと「ママ」と呼ばれ、同伴の食事みたいになってました。
追伸2
8月に第二回のお誘いを受けました。最善を尽くします。
