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【S2|生命とデザイン】デザインは、地球の意思を聴くことから始まる #4

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第4章 血の記憶とつながり – 目に見えない意思のネットワーク

DNAを超えて受け継がれる、意思という名の血流。

血に刻まれた几帳面さ
第一章でも触れたように、私は「血のつながり」という言葉を、単なるDNAや外見の類似ではなく、もっと深い“意思の継承”として捉えている。

几帳面な点は、母からよく「お父さんゆずりだ」と言われた。
布団にシーツをかけるときに四隅をきちんと折り込む──それは父もまったく同じだったそうだ。
もちろん、父がやっているところを見て覚えたわけではない。

父の大工道具は物置の棚に一定の順序で美しく並べられていた。
父の死後、母がそれを片付けなかったのは、その美しさを壊したくなかったからだろう。
私もその几帳面さに尊敬の念を抱き、自分で道具を手にするようになってからは、その順序を守り続けた。

母からは「母子家庭だから人に後ろ指を刺されるようなことはしてはならない」「人様に迷惑をかけてはならない」と、ことあるごとに言われた。
私の善悪の判断基準が厳しいのは、その影響だと思う。

父の夢と自分の進路
物心ついたころから、将来は手を動かす仕事に就くと自然に思っていた。
それは父の夢を継ぐというより、自分にその素養があると感じていたからだ。

高校受験のとき、志望校を決める場面で母にこう告げた。
「学区で一番の公立高校に行って親の体面は保つ。だから大学は美術系に行かせてほしい」
母は「お父さんの叶わなかったことをしてくれてうれしい」と言ってくれた。

これは突然のひらめきではなく、幼いころから積み重ねてきた感覚や経験が結実した選択だった。

見えない縁の糸
出会いは縁であり、必然だと私は信じている。
気の合う友人は大抵同い年だ。自分の尺度で物事を決める性格ゆえ、年上や年下の意見を素直に受け入れられない面がある。

だからこそ、親友には何らかの過去の縁や「血のつながり」があるのではないかと感じる。
いわゆる前世的な関わりといっても、宗教や信仰の話ではない。
直感的に「この人とはつながっている」と感じることが、心を穏やかにし、円滑な関係を生むのだ。

今の妻(2度目の結婚相手)とは、血を分けていないにも関わらず、価値観がほぼ一致している。
私が迷ったとき、彼女に意見を求めれば即答してくれる。
彼女は私を拡張してくれる存在だ。

血=ネットワークという仮説
血液(体液)は栄養や不要物を循環させる重要な仕組みだ。
地球をひとつの生命体とみなすなら、血は海であり、日光であり、雨でもある。

生命を成立させる営みの根源であり、そのネットワークには“意思の滋養”となる成分が含まれている。
それは血縁の内で受け継がれるだけでなく、地球全体という壮大な家族の中で情報を伝達しているのではないか──私はそう感じている。

そう考えると、意思を持って栄養を運び吸収する腸はネットワーク上の重要な島であり、無機物にも地球の意思が込められているという考えが腑に落ちる。
そしてインターネットは、人類における第二の血液だとさえ思えてくる。

デザイン=バイブレーション
私のデザイン(モノもコトも)は、誰かの助けとなり、幸せをもたらし、心を震わせるものであってほしい。
広告を「コミュニケーション」と捉える考えがあるが、私は「デザイン=バイブレーション」だと思っている。

その共鳴は、そのデザインに触れた人と“つながる”ことを意味する。
その人の価値観や人生観の奥深くから共感を呼び覚ます──それこそがデザインというシステムの最大の意義だ。

広く教育の現場にパソコンが導入され始める前夜、現場ではパソコンを使って何を教えるのかすら決まっていなかった。
そこで私が提唱したのは、創造力の拡張とそのネットワーク化だった。
当時の技術では限界もあったが、いまやそれは当たり前となり、AIの登場でさらに加速している。

そして、その瞬間に生まれる共鳴は、単なる成果物ではなく、「誰かの命のバトン」になるのだと、私は信じている。

次回予告
次章では、私の生命観と「Design for Good(社会を良くするデザイン)」の関係を探る。 第5章を読む ▶

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