【S6|外伝】多様性はなぜ壊れるのか---地球のデザインコードから考える
1|多様性という言葉への違和感
ここ数年、「多様性」という言葉をめぐる議論が急激に増えた。
尊重すべきだ、守るべきだ、いや行き過ぎている――。
まるで正義と正義がぶつかり合うように、言葉が消耗されていく。
だが、ふと立ち止まって考えてみると、不思議なことに気づく。
多様性について、これほど声高に議論しているのは人類だけなのだ。
地球上の他の生物たちは、多様性を「主張」しない。
守ろうとも、壊そうとも言わない。
ただ、それぞれのやり方で、生きている。
では、なぜ人間だけが、これほどまでに多様性に悩み、争うのだろうか。
2|分岐点が上がり続ける世界
SNSが普及して以降、世界は一気に“近く”なった。
同時に、「同じか、違うか」「合っているか、間違っているか」という分岐点は、驚くほど細かく、そして高くなったように思える。
意見の違い。立場の違い。背景の違い。
それらは本来、世界を豊かにするはずの“差異”だった。
しかし今、それらはしばしば「敵味方を分けるための線」として使われる。
違いは尊重される前に、裁かれる。
理解される前に、分類される。
この状況は、本当に自然なものなのだろうか。
3|地球の先輩としての昆虫
ここで、一度視点を地球側に戻してみたい。
昆虫は、現在確認されているだけで約100万種存在すると言われている。
これは、地球上の生物種のおよそ半分以上にあたる。
彼らは驚くほど多様だ。
姿形も、生き方も、役割も、ほとんど重ならない。
花粉を運ぶ者、土を耕す者、死骸を分解する者。
それぞれが明確な役割を持ち、収まるべき場所で生きている。
重要なのは、そこに「優劣」や「正しさ」の議論が存在しないことだ。
捕食・被食や縄張り争いはあっても、
昆虫同士が「違い」を理由に執拗に攻撃し合うことは、ほとんどない。
多様性は、彼らにとって問題ではない。
前提なのだ。
4|地球のデザインコード
以前、私は「地球のデザインコード」という考え方について書いたことがある。
地球上の生物、いや、生物に限らず無機物にまで、
ある種の“設計思想”のようなものが刻まれているのではないか、という仮説だ。
多様性も、そのコードの一部だと考えれば、話はシンプルになる。
地球は、多様であることを「善」として設計したのではない。
多様である状態が、もっとも安定するようにデザインしただけなのだ。
もしそうだとしたら――
多様性をめぐって混乱している人類の姿は、
少し奇妙に見えてこないだろうか。
5|真逆の話──水槽の中で起きたこと
ここまでとは、真逆の話をしたい。
大学生の頃、私は熱帯魚を飼っていた。
最初はそれなりの数がいて、水槽の中はにぎやかだった。
しかし、飼育環境をうまく維持できなかったせいで、魚は少しずつ死んでいった。
気づけば、同じ種類の魚が二匹だけ残った。
最初に変化が現れたのは、体格の差だった。
大きいほうが、小さいほうを執拗に追いかけ回す。
縄張りを誇示し、逃げ場を奪い、弱さを徹底的に突きつける。
水槽の中に、緊張が張りつめていくのがわかった。
6|立場の逆転
ある日、大きいほうの魚が怪我をした。
動きが鈍くなり、体も少しずつ小さくなっていった。
すると、状況は一変する。
それまで追われていた小さいほうの魚が、みるみる大きくなり、力をつけ始めた。
立場は完全に逆転した。
そして――
小さかった(今は大きい)ほうは、
かつて自分がされてきたことと、まったく同じことを、相手にするようになった。
追いかける。逃げ場を奪う。弱さを突く。
そこに、ためらいはなかった。
7|諒解した瞬間
そのとき、私は諒解した。
多様性を阻害しているのは、「違い」ではない。
同じ種、同じ境遇、同じ環境に閉じ込められることだ。
逃げ場のない同一性。
差異が消えた世界。
そこで生まれるのは、理解ではなく、支配と再演だ。
水槽の中では、多様性は“守るべき理念”ではなかった。
環境として存在しているか、消えているか
ただそれだけだった。
8|人間社会への接続
これは、人類にもすっぽり当てはまる。
私たちは、種を分類する。
国家を分け、地域を区切り、コミュニティを定義する。
だがそれらはすべて、人間が理解しやすいように引いた「便宜上の線」だ。
生物学的にも、
分類できないもの、誤った種に分類されているものは数多く存在する。
自然界は、そもそも人間の分類に収まるようにはできていない。
それでも私たちは、その線を絶対視し、
線の内側で「正しい」「間違っている」を繰り返す。
SNSは、ある意味で巨大な水槽だ。
同じ言語、同じ価値観、同じ速度。
高密度で、逃げ場の少ない環境。
そこで起きていることは、
あの水槽の中と、どれほど違うだろうか。
9|昆虫から学ぶべきこと
昆虫は、理解し合おうとしない。
共感もしない。
ただ、それぞれの役割の距離を保って生きている。
彼らから学ぶべきなのは、
「仲良くする方法」ではない。
干渉しすぎない構造だ。
多様性とは、心の問題ではなく、設計の問題なのかもしれない。
10|地球のデザインコードに立ち返る
すべてを地球のデザインコード上の出来事だと考えれば、
少しだけ、肩の力が抜ける。
分類も、違いも、対立も、
すべては便宜上のものだ。
仮に引かれた線にすぎない。
その線を、絶対にしないこと。
それだけで、世界の見え方は変わる。
多様性は、守るものではない。
地球がすでに設計している。
壊しているのは、
それを「同じであろう」と押し固める、私たち自身なのだ。
完
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