恋が始まる【八〇〇文字の短編小説 #2】
金曜日の夜、わたしはなかなか寝つけなかった。これが恋なのだろうと思った。
初めて見かけたのは大学に初めて行く日の朝だった。どういうわけか、駅のバス停でレオナルド・ダ・ヴィンチのウィトルウィウス的人体図がプリントされたTシャツを着ている子が気になった。わたしのほうをじっと見つめている黒々と大きく潤った目に引きつけられた。
大学に通い始めると、同じクラスだということがわかった。その人が孤独を好んでいることも知った。わたしも含め、周りはみんな新しい友達をつくろうと、ある意味一生懸命に会話を弾ませているのに、その人は違った。誰とも喋らず、教室のいちばん後ろで本を読んだり、ときどき窓の外をじっと眺めたりしていた。わたしの人生では出会ったことのない部類の人間で、だからこそ余計に心を引かれた。ずっと話しかけたかったけれど、周りに迎合しない雰囲気が歯止めをかけ続けた。
ようやく話ができたのは大型連休が明けたころだ。日本文学総論の授業が始まる前、「このグミ、食べる?」と声をかけてみた。最初は戸惑った様子だったけれど、ぽつりぽつりと自分の名前が健二であること、宮城県から上京してきたことなどを伝えてきた。話す間合いや朴訥な雰囲気が新鮮で、瞬く間に好きという感情を意識し始めた。英語で言うなら「good vibrations」が心地よかった。
寝不足のまま、土曜日の朝、LINEを打とうと決めた。授業の合間に話をしたり、放課後にコーヒーを飲んだりはしていたけれど、授業がない日に健二に会ったことはない。何度か文面を考え直し、「今日、下北沢に出かけない?」と送ると、ほどなく「いいよ」とだけ返ってきた。そっけない答えにたきつけられ「デートだね」という返信で、それとなく気持ちを伝えた。下北沢駅の南口のマクドナルド前で十二時に落ち合うことになった。
化粧をする自分の顔を鏡で見て気づく。今日、キラキラした恋が始まる。
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