川はいつまでも流れている【八〇〇文字の短編小説 #20】
リズはとにかくロンドンから離れたかった。ロンドンの喧騒にいると、終わった恋をいつまでも引きずってしまいそうだった。自分は結婚まで考えていたミックに捨てられたのだというみじめな気分をどこかに放り出してきたかった。
父親が営む小さな出版社に勤めるリズは、だから、一週間の休みをもらい一人旅に出ることにした。誰も知らない場所で自分の心を整理したい気持ちもあった。地図を眺めていると、コッツウォルズ地方の町の名前が目に飛び込んできて、中世の雰囲気が残る場所をめぐることにした。
二日ほどブロードウェイの村でゆっくりした。片道一時間ほどかけて丘を登り続け、ブロードウェイ塔を訪れた。雨上がりの昼過ぎ、ぬかるんだ地面で足を何度か滑らせ、泣きたくなった。でも、往復二時間あまりの道のりは自分に対する罰なのだとも思った。
シェイクスピアの生誕地として知られるストラトフォード・アポン・エイボンで二日間過ごしたあと、行き当たりばったりの旅行の行き先はボートン・オン・ザ・ウォーターに決まった。「コッツウォルズのベニス」と呼ばれるとおり、美しい水路が有名な場所だ。
そして今、リズはボートン・オン・ザ・ウォーターの道端に立ち、ゆるやかな水の流れを眺めながら、自分の過去を悔いている。ミックが身を震わせて別れを切り出してきたのも当然だと思った。ほんのわずかの間、ミックの友人のローレンスと関係を持ち、そればかりか恋人の親友の子どもを身籠もってしまった。すぐに中絶するまでの経緯を、どういうわけか、ミックは知ってしまった。親友だと思い事実を告白していた何人かの一人がうっかり口を滑らせたのだろう。不思議なことに腹は立たなかった。
リズは自分が何に苦しんでいるかわからないまま、ずっと川の流れを見つめている。時間が解決してくれる、という答えは陳腐に思えた。心に刻まれたいくつかの傷は永遠に消えない。それだけは揺るがないと確信を強めた。川はいつまでも流れている。
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