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東京【二〇〇〇文字の短編小説 #19】

七月、シャーロットの二十六回目の誕生日を祝う旅で訪れた東京は地獄のような暑さだった。熱気を含んだ空気がずっしりと重たく、ただ立っているだけで汗が滴り落ちてくる。日本の夏は暑いと聞いていたけれど、想像をはるかに超えていた。ストーン・ローゼズのTシャツが汗でひどく湿っている。

昼食に寿司を食べ終えて渋谷駅で電車が来るのを待っていたとき、「ねえ、マイロ、やっぱりロンドンの夏とは違うわね」とひたいの汗を拭いながらシャーロットが言った。電車のドアが止まる場所の列に並んでいた僕たちは、一緒にペットボトルのグリーンティーをごくごくと飲み合った。

日本に到着して三日目の僕たちは下北沢という街に向かっていた。ロンドンからの飛行機のなかでガイドブックを読んで、CDショップやレコードショップが立ち並ぶ街だと知ったからだ。データで音楽が聴けるようになった時代、日本ではCDがまだまだ根強いという文化にも興味があった。それに、ある夜更けに、シャーロットがたまたまYouTubeで出合った「Stay With Me」という曲にとても引きつけられていた。ヨーロッパにもアメリカにもない、少しだけ湿っぽい音が日本の音楽なのだというのが第一印象だった。

そこからさかのぼり、「はっぴいえんど」というバンドの存在も知った。主に一九七〇​​代に活動したグループだ。ロンドンのレコードショップでは彼らの同名のタイトルの一枚を手に入れることができた。ビートルズにも見劣りしない洗練された音楽だけでなく、オレンジと黄色で彩られたジャケットのアートワークと、斜めに入った日本語──おそらくバンド名だと思う──が、やはり異国の空気を運んできてくれた。

下北沢駅に着き、僕たちはディスクユニオン​​という店をめざした。二年前から英語教師として東京の自由が丘で働くハリー​​が、数日前にメールで幅広い年代と音楽を網羅的に扱っている有名な店だと教えてくれた。アイルランド出身のハリーは自分でも音楽に熱を入れていて「What Where​​」というソロプロジェクトで活動している。日本のミュージシャンにも知り合いが多いという。

ディスクユニオンは文字どおり宝の山だった。いくつもの棚が並び、レコードもCDも夢のようにそろっていた。シャーロットも僕も興奮した。シャーロットは「日本の音楽をたくさん買わなきゃね」と笑った。僕はうなずいたけれど、日本語が読めない点が問題​​だった。実のところ日本のミュージシャンについてはまだまだ不勉強だし、いわゆる“ジャケ買い”で勝負するしかない。自分の直感を信じるまでだ。

店の中で僕とシャーロットは別々に宝探しをすることにした。僕はこの冒険をより楽しむための条件を提案した。

「予算は一人あたり一〇〇ポンドにしよう。日本円で二万円くらいだ。相当な数を買えると思う」

「いいわね。わたしのほうがいい作品を選べる自信があるわ」

「目利きの勝負だ。僕はレコードをメインに探すことにするよ」

「じゃあ、わたしはCDで腕比べをする​​。わたしが勝ってみせるわ」

「いや、僕が勝つよ」と僕は張り合って、思わず「『ロンドンに戻って、そのなかにこれだと思う音楽があったら結婚しないか』」と言った。

シャーロットは一瞬驚いた顔を見せ、すぐに僕のほおにキスをしてきた。音楽探しが二人の未来を決める。僕は人生とはこんなふうに進んでいくのだと感じた。

探索は一時間ほど続いた。僕がレコードの棚をあさっていると──ナイアガラ・トライアングルとか​​吉田美奈子​​とか小沢健二とかラブ・タンバリンズ​​とかヴィーナス・ペーターとかプレイグスとか、そのあたりの作品に一目惚れしていた──​​すぐ後ろで何枚ものCDを胸に抱えたシャーロットが店内に流れている音楽を指差して、「ねえ、結局、これなんじゃない?」と話した。僕は耳を澄まして、そのとてつもなく優しい音楽に心が震えた。この曲が入ったアルバムを買いたいと強く思った。目が合うや、シャーロットは黙ってうなずいた。その曲はあっという間に終わった。

レジ係をしばらく見つめていると、その若い女性が英語で「どうかしましたか?」と声をかけてきた。事情を聞いた彼女はサニーデイ・サービスというバンドの『東京』というアルバムに収録されているその名も「東京」という曲だと教えてくれ、「在庫がありますよ」と伝えてきた。僕たちは「ぜひ買いたいです」と声をそろえた。店員が持ってきたアルバムのカバーは川沿いの桜を撮影したもので、いかにも日本らしく、いい予感しかしなかった。聞かなくても、名曲ばかりだろうと確信した。

東京で「東京」という曲に偶然出合い、『東京』というレコードを手に入れた僕たちの未来はほぼ決まった。もう地獄のような暑さは気にならなかった。夕方、大量のCDとレコードで両手がいっぱいになった僕たちは店を出て、東京の街角で真っ赤な太陽に見守られながら一生忘れられないキスをした。

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