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なぜぼくは小説を書くようになったのか【夢の話、または短編小説の種 #3】

たぶん、夢のなかの話だ。でも、その言葉のざらついた感覚は生々しくずっと残っている。

春が駆け足で去ろうとしていた。地面に散った桜の花びらは踏みつぶされ、柔らかな色を失っていた。汗ばむ陽気で、ぼくはダイナソーJr.のファーストアルバム「グリーン・マインド」のTシャツを着ている。小さな女の子が煙草をくわえている写真を、どこまでもクールだと思っていた。

ぼくは六畳一間のアパートからどこかに向かって歩いている。胸の少女のようにくわえ煙草で煙をくゆらせながら、つんのめるように進んでいく。ずいぶんと遠くまで来た気がする。しばらくして、歩き疲れたぼくはひと休みしようと河川敷の適当な場所に座った。川べりの草々からむせかえるような青々とした香りがしていて、川面では何人かの恋人たちがゆっくりとボートを漕いでいる。

気がつくと、隣に老人が座っていた。白髪を短く整えていて、鼻が高く、丸い眼鏡をかけていた。顔には相応のしわが刻まれているけれど、精悍な表情をしていて、若いころは極めて美男子だったのだろうと思わせる。暑いのにツイードのジャケットを羽織っていて、どこか学者のような雰囲気を感じさせた。

修道士のようなその人はぼくと同じく川のほうを向きながら「煙草を一本くれないかね」と言った。ぼくが「いいですよ」と戸惑うことなく煙草の箱を差し出すと、上品に一本を抜き出した。それから胸ポケットからマッチを取り出し、口にさした煙草に火をつけた。

二人のあいだに会話はなかった。けれども、少し生ぬるい風が吹いたとき、その長老は口を開いた。

「どんな言葉も、沈黙と無についたなくてもいい染みのようなものだ。また挑戦し、また失敗せよ。よりうまく失敗せよ」

ぼくは何か崇高な言葉をかけられた気がして、文字どおり背筋を伸ばした。そのとき小さな雲のあいだから太陽の光が差し込み、ぼくは出し抜けに今日、家に帰ったら小説を書いてみようと思った。

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