生まれてこなかったあの子は【八〇〇文字の短編小説 #27】
東京駅から新幹線が滑り出す。東子は窓越しに手を振る呼人を振り返って見ることなく前を向いた。故郷までの暇つぶしに音楽をと、スマートフォンにささった真っ白いイヤフォンを両耳にしのばせた。
里帰り出産が終わるまでの約二カ月間、別々に暮らすことになった。父や母のもとで産む最後の準備をしようと決めたのは東子自身だ。二年前の早期流産があったから、万全を期したかった。ただでさえ、会社勤めで忙しい呼人にあらためて重圧をかけたくなかった。
早期流産を電話で伝えたとき、実のところ、東子は呼人の号泣にむしろ気が動転してしまった。妊娠から間もない時期の流産が少なくないことを知っていたし、エコー写真の赤ん坊が小さいままだという悪い前兆もあったし、産婦人科の医師にその事実を告げられたとき、電車に乗り遅れたみたいなものだとあえて割り切ってみせたのだ。呼人が泣くほどまでに子どもを待ち望んでいたことを知り、ひそかに東子は取り乱していた。
東子は窓越しを流れる風景を見るともなく見ながら、今朝方の夢を思い出している。夢に男の子が出てきた。自分の腰くらいの身長で、短い足で川辺を駆け回っている。呼人はいない。川に石を投げたり、川沿いの石を積み上げたりして遊び続けた。
四つ葉のクローバーを探しているとき、ふと見渡すと、その子の姿がない。東子は周りに「息子がいなくなった」と告げて涙を流し続けている。目が覚めた東子は思う。そうか、生まれてこなかったあの子は男の子だったのだと。隣では呼人が死んだように眠っていた。
窓越しに富士山が現れたとき、イヤフォンからキャロル・キングの「ビター・ウィズ・スウィート」が流れてきた。「つらいことも素敵なことと一緒に受け入れなきゃ」と歌う声が綿毛のように柔らかく聞こえ、だから東子は心臓がつかまれたみたいに苦しくなった。
今度こそ新しい命を産み落とすことができるだろうか。東子は眠るように目を閉じた。
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