#22万葉集の生活史 星は月を離れて-貴人に捧ぐ挽歌
■ 非時香木実を求めて
不老不死の実——
非時香木実(ときじくのかぐのこのみ)。
橘は、その実ではないかと言われてきた。
「時じくに」という言葉の奥には、
時を選ばず常にそこにいたいという願いが潜んでいる。
けれど、万葉の歌は知っている。
人は、永遠ではいられない。
■ 見えているのに、逢えない
青旗の
木幡の上を
通ふとは
目には見れども
直に逢はぬかも
魂があの青々とした木々が生える木幡山の上を通う、と言う。
感じることはできる。
だが、直接に逢うことはない。
ここで歌われているのは貴人だ。
名も地位も、歴史に残る人。
彼らの死は、婉曲にしか歌われない。
感じるのに、逢えない。
それが、生と死の境目だ。
■ 地上から空へ
向南山に
たなびく雲の
青雲の
星離れ行き
月を離れて
向南山にたなびている青い雲が、星たちから離れて、月からも離れて、遠くへ…。
星が月を離れる。
空の比喩は美しい。
けれど、その道行きは不可逆だ。
高貴な人であっても、
星のように離れていく。
不老不死の実を夢見ても、
人は永遠ではいられない。
■ 時じくには、なれない
橘は、時を選ばず実ると言われる。
けれど人は、時じくではいられない。
甘味の歌が「満ちる」ことを歌うなら、
挽歌は「満ちた時間が終わる」ことを歌う。
それでも歌ははっきりと「死」と言わず、
距離と別れだけを残す。
地上から空へと昇っていく。
感じるのに、逢えない。
貴人の死は、こうして景色に重ねられる。
けれど、すべての死が、
これほど美しい比喩を与えられるわけではない。
名を持たず、
星にもなれず、
ただ倒れたままの人もいる。
