#23万葉集の生活史 地に、水に伏す-名も無き者への挽歌
■ 行路に倒れる
「行路死人歌」という分類がある。
これは万葉集の中で、
行き倒れて息絶えた者を詠んだ歌だ。
■国問へど、家問へど…
例えば足柄の峠で力尽きた人を見た長歌の一節。
(中略)
国に罷りて 父母も 妻をも見むと 思ひつつ
行きけむ君は 鶏が鳴く 東の国の 恐きや
神のみ坂に 和たまの 衣寒らに ぬばたまの 髪は乱れて
国問へど 国をも告らず
家問へど 家をも言はず
ますらをの 行きのすすみに ここに臥やせる
「今すぐにでも故郷に帰って、父母にも妻にも会おうと帰って来たろうあなたは、鳥が鳴く東の国の、恐ろしい神の御坂に、和霊の衣も寒々と、ぬばたまの黒髪も乱れて、故郷を聞いてもどことも答えず、家はどこかと尋ねても答えず、雄々しい男子がこんなところに横たわっている。」
国へ帰る途中だったのだろう、と歌は言う。
父母に、妻に会うつもりだったのだろう、と。
けれどその人は、
国を問われても答えない。
家を問われても言わない。
名も告げないまま、
足柄峠に臥している。
帰るはずだった。
その「はず」が、ここで止まる。
彼は、帰れなかったのだ。
■ 海の底に沈む
もう一首。
難波潟
潮干なありそね
沈みにし
妹が姿を
見まく苦しも
「難波の潟は引き潮になるな。水に沈んだ乙女の姿を見ることは辛い。」
どこの誰かは分からない。
けれど「妹」と、「あなた」と親しく呼ぶ。
それだけで、
誰かの身近な存在だったことだけが残る。
水の底にある身体と、
見たくないという感情。
死は、ここでも隠されない。
■ 通り過がりの死
貴人の死は美しく修飾され、
風となり雲となった。
けれど名も無き人々の死は、
土と水に沈みやがて消える。
名もなく、
系譜にも残らない。
それでも歌は、
「ここに臥せる」と言い、
「見まく苦し」と言う。
通り過ぎられたかもしれない死を、
誰かが立ち止まって、言葉にした。
帰れなかった時間と、
冷えた身体の重さがある。
歌はそれを軽くはしない。
ただそこにあったことだけを、淡々と歌い残す。
