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「被害者を守る」法律が、現役の女性たちの仕事を奪った構造――AV新法とぱっぷす・ヒューマンライツ・ナウの責任を検証する

はじめに:法律の概要と、異例の速さで進んだ成立過程

2022年6月15日、「性をめぐる個人の尊厳が重んぜられる社会の形成に資するために性行為映像制作物への出演に係る被害の防止を図り及び出演者の救済に資するための出演契約等に関する特則等に関する法律」、通称「AV新法」が成立し、同月23日に施行された。

立法の直接のきっかけは、同年4月1日に施行された民法改正だった。成人年齢が20歳から18歳に引き下げられたことで、それまで18歳・19歳に適用されていた未成年者取消権(親の同意なく結んだ契約を取り消せる権利)が使えなくなり、この年齢層がAV出演の契約を強要された場合に被害から逃れる手段を失うのではないか、という懸念が生じた。これを受けて、AV出演者の被害支援に取り組んでいた複数のNPO法人が国会議員に働きかけ、超党派6党による議論を経て、わずか2か月あまりという異例の速さで法案が成立した。

法律の主な内容は、出演契約に契約書の交付と内容説明を義務付けること、契約書交付から1か月間は撮影を禁止すること、撮影終了から4か月間は公表を禁止すること(つまり契約から公表まで最短でも5か月かかる)、出演者は性行為の撮影をいつでも拒否でき、それによる損害賠償責任を負わないこと、そして公表後1年間(施行後2年間の経過措置あり)は出演者が無条件に契約を解除できること、などである。違反した制作者には、最大で懲役3年・罰金300万円(法人には1億円)という、刑事罰を伴う厳しい罰則が科される。

立法過程の異常な速さと、当事者抜きの意思決定

ここでまず指摘すべきは、この法律が成立する過程で、最も直接的な当事者であるはずの現役の出演者や、業界の事業者団体である日本プロダクション協会へのヒアリングが、ほとんど行われなかったという事実である。被害防止の必要性という大義名分のもとで、実際にこの業界で働き、生計を立てている人々の声を聞く手続きが省略されたまま、法案は2か月で成立した。

この異例のスピード立法を後押ししたのが、ぱっぷす(PAPS)やヒューマンライツ・ナウといった、AV出演被害の支援に取り組んできたNPO・NGOだった。

ぱっぷす・ヒューマンライツ・ナウの役割

国際人権NGOヒューマンライツ・ナウは、2016年からAV出演強要の被害実態を報告するなど、長年この問題に取り組んできた団体である。同団体は法案の国会上程を歓迎し、2022年5月25日には早期の法案成立を求める声明を発表した。法案成立当日の6月15日には、ヒューマンライツ・ナウの伊藤和子副理事長が、ぱっぷすの関係者らとともに記者会見に登壇し、法案の成立と施行予定を祝った。

ぱっぷすやヒューマンライツ・ナウを含む6団体は、5月15日の声明で、この法案を「被害者の尊厳や人権を守り、被害の予防や救済を実現するために必要な法律である」と評価していた。5月9日には、同じ6団体が、AV事業者による人権侵害の根絶を目指す実効性のある法律の整備を求める要望書を提出している。

ここで注目すべきは、これらの団体が法案の「成立を急ぐこと」自体を主導していた点である。被害を防ぐという目的そのものは正当だとしても、その手段としての規制の具体的な設計(撮影禁止期間や公表禁止期間の長さ、適用対象の範囲など)が、現場で実際に働く出演者たちの労働実態とどう整合するのかを検証する時間は、ほとんど取られなかった。被害者支援団体が「被害防止」を理由に法案の早期成立を求めることは、当然その立場からは筋が通っている。しかし、その結果生まれる規制が、被害者ではない、自らの意思でこの仕事を選んでいる人々にどのような影響を及ぼすかについて、当事者の声を集めて検証する役割を、支援団体側が十分に果たしていたとは言いがたい。

データで見る打撃

法律の施行直後から、その影響は数字として現れた。日本プロダクション協会が、現役女優を含む業界関係者441人を対象に行ったアンケート調査では、収入が50%以上減ったという回答が37%、収入が0になったという回答が7.8%に達した。施行直後から、決まっていた撮影スケジュールが次々と白紙になる事態が相次いだ。

個別の証言:仕事を失った女性たちの声

統計の背後には、具体的な個人の経験がある。

フリーランスのAV女優・金苗希実氏は、2022年7月に決まっていた撮影が全て中止になったことを受けて、法律が女優を守るどころか、仕事を奪って現役の女優たちを苦しめる構図になっていることに疑問を投げかけ、その投稿は6万件を超える反応を集めた。

セクシー女優の月島さくら氏は、法改正を求める署名活動を立ち上げ、2022年7月に法案を主導した塩村あやか議員と直接対面する機会を得た。しかし月島氏によれば、自身の疑問に対しては「この法律で頑張ってほしい」「特殊な仕事だから」「業界内で話し合ってほしい」という反応が返され、客観的なデータを持つ日本プロダクション協会の関係者を交えた話し合いを求めても、これも断られたという。それでも記念撮影には応じたところ、塩村議員はSNS上で「女優さんとお会いして納得していただけました」という趣旨の投稿を行ったとされ、月島氏はこれを実態と異なる説明だったと批判している。

企画単体女優としてデビューしたばかりだった愛上みお氏は、法律の影響を直接受けた一人だった。2022年7月の仕事はゼロ、8月は1本、9月にはオファーが全く来なかったといい、同年8月19日に引退を表明している。

法施行から1年が経過した2023年6月には、人気女優の天使もえ氏も、撮影の1か月以上前に契約を結ばなければならないというルールが現場に生んでいる弊害に言及し、自らの意志でこの仕事を選んでいる女優たちが、むしろ働きにくくなっている状況に疑問を示した。

「救済されるべき被害者像」という単一のイメージ

これらの証言が共通して示しているのは、立法の背景にあった「被害者像」――契約の意味を十分理解できないまま出演を強要される若年層――が、現場で実際に働いている経験豊富な出演者たちの実像とは、必ずしも一致していなかったという点である。

被害を防ぐための制度設計が、被害に遭っていない、職業として自らの意思でこの仕事を選んでいる出演者にも一律に適用されたことで、本来守られるべきはずの「自己決定権」(AV新法自身が目的として掲げている理念でもある)が、規制の厳格さによって逆に損なわれるという、皮肉な結果を生んだ。月島氏が指摘したように、当事者である現役の女優たちの意見を聞く場を求めても、それが実質的に拒まれたという経緯は、被害者支援団体や立法を主導した側が、「当事者の声」をどのカテゴリーの当事者として扱っていたかを、端的に示している。

最大の逆説:規制が生んだ「地下化」

しかし、この法律の最も深刻な問題は、収入減少という経済的な打撃そのものよりも、その先で起きている「地下化」現象にある。

業界では、出演者の人権に配慮した審査基準(未成年者との契約禁止、性病検査の実施、著作権所在の明確化など)を満たした作品を「適正AV」として、業界団体(旧AV人権倫理機構、現CCBU)の認証のもとで流通させてきた。これに対し、こうした審査を経ていない個人・同人サークル制作の「同人AV」、そして業界団体に属さない悪質業者による「違法AV」が、別の系譜として存在している。AV新法は法律上、これらにも等しく適用されるが、実際の取り締まりが及びにくいことが、構造的な問題を生んでいる。

適正AVの管理下では、新法によって契約から公表まで最短5か月という長い期間が必要になり、出演本数も収入も絞られる。この結果、仕事を失った、あるいは働きにくくなった出演者たちが、同人AVの世界に流れ込む動きが、Z世代を中心に拡大していると報告されている。同人AVの勧誘では「契約書は要らない、すぐに現金を渡す」という言葉が、実際の誘いの文句として使われているという証言もある。契約書を交わさない撮影は、出演者の人権を守るための仕組みそのものが存在しない状態であり、撮影された映像が無修正のまま海外に流出するなど、取り返しのつかない被害を生むリスクをはらんでいる。

さらに深刻なのは、規制の対象外にある別の選択肢へ誘導される動きである。出演者支援にあたる関係者の証言によれば、仕事を失った女優たちに対して、無修正のライブチャットや海外での売春の勧誘が、スカウトから直接行われるケースが増えているという。海外売春は1件あたり最低50万円から500万円という高額の対価が示されることもあり、知名度のある女優ほど需要が大きいとされる。これらの勧誘の先には、人身売買や、最悪の場合は臓器売買にまで発展しうる危険性が指摘されている。これは、出演者の安全を守るために作られた法律が、結果としてその出演者を、はるかに危険な選択肢へと押し出してしまっている、本末転倒な事態である。

一部の業界関係者は、この状況を、1920年代の米国における禁酒法と比較している。人間の需要そのものを規制で消し去ることはできず、規制が厳しくなればなるほど、その需要は取り締まりの及ばない場所へと移動し、結果的に規制前よりも危険な形で存続する。適正AVの売上を、すでに同人AV・違法AVが逆転しかねないという指摘さえあり、これは被害防止という法律の目的そのものが、機能不全に陥っていることを示している。

支援団体の説明責任

ぱっぷすやヒューマンライツ・ナウは、この法律を被害者の人権を守るための前進として高く評価し、その早期成立を求める立場を取ってきた。立法側も、業界を潰すのではなく適正化するための法律だと説明していた。しかし、施行から数年が経過した現在の実態は、適正AVの縮小と、それに代わる同人AV・違法AVの拡大、そしてより危険な選択肢への出演者の流出という、当初の説明とは異なる方向に進んでいる。

被害防止を目的とした制度設計を主導した団体には、その制度が実際にどのような結果を生んだのかを継続的に検証し、必要であれば改善を求めていく説明責任がある。日本プロダクション協会は、この法律の意義自体は認めつつも、改正を求める活動を続けている。これに対し、当初の制度設計を主導した支援団体側から、地下化の実態を踏まえた具体的な見直しの提案が、十分な形で示されているとは言いがたい。被害者を救済するための法律が、その制度設計の粗さによって、別の種類の、より深刻な被害を生み出しているのであれば、それを最初に主張した側こそが、その結果に向き合う責任を負っているはずである。

まとめ

AV新法をめぐる一連の経緯は、「救済されるべき被害者」という単一のイメージのもとに制度を設計することの危険性を、具体的な形で示している。被害に遭っていない、自らの意思で職業として働く女性たちの声は、法案の成立過程でも、その後の当事者との対話の場でも、十分に取り入れられることがなかった。その結果、規制の対象となった適正AVの現場では仕事と収入が失われ、行き場を失った出演者たちは、契約書も審査もない同人AVや、より危険な無修正配信・海外売春といった選択肢へと押し出されている。「女性を守る」という目的を掲げて主導された法律が、現実には、守られるべきはずの女性たちをより危険な場所へ追い込む結果を生んでいるとすれば、それを後押しした支援団体の責任は、決して軽いものではない。

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