【実録】93歳の母を施設で看取って知った「親の最期に本当にかかるお金」と、私が後悔した7つのこと
「まだもう少しもちますよ。」
施設のスタッフさんにそう言われた時、私は正直ホッとしたんです。
「そうか、まだ大丈夫なんや。」
そう思ってしまいました。
母は93歳。
施設からは「看取り体制に入ります」と説明を受けていました。
「もう長くはありません。」
そう言われていたのに、スタッフさんは
「まだもう少しもちますよ。」
とも言ってくれました。
母の顔を見ても、私にはそんなに悪そうには見えへんかったんです。
だから私は安心しきっていました。
でも…。
その安心は、たった4日で終わりました。
母は静かに息を引き取りました。
今でも思います。
「もっと覚悟しといたらよかった。」
「もっと母と話をしといたらよかった。」
「もっと早う知っとけばよかった。」
後悔って、亡くなってからしか気づかへんことが、本当に多いんですよね。
母が亡くなって、一番最初に思ったこと。
それは悲しみより、
「これから何したらええの?」
でした。
車の中で慌てて葬儀屋さんに電話して、
喪主になって、
何をどうしたらええんか全然分からへん。
そんな状態でした。
それに、初めて知ったこともいっぱいありました。
看取り体制になったら追加料金がかかること。
「最低10万円」と思っていたお葬式が、思っていた以上の金額になったこと。
施設で亡くなると、助かる手続きもあること。
ほんまに知らんことだらけでした。
このnoteは、介護の専門家が書いたものではありません。
93歳の母を見送った、一人の娘として書いています。
だから、「これが正解ですよ。」という話ではありません。
でも、
「あの時これだけは知っとけばよかった。」
そう思うことは山ほどありました。
もし今、ご両親が元気やとしても。
施設に入ってはるとしても。
「まだ先の話やわ。」
そう思っている人ほど、一度読んでもらえたら嬉しいです。
私みたいな後悔を、一つでも減らしてほしい。
その思いだけで、このnoteを書くことにしました。
このnoteでお伝えすること
有料部分では、私が実際に経験したことを、包み隠さず書いています。
・看取り体制に入って初めて知った追加料金のこと
・「最低10万円」と思っていた葬儀費用が、実際はいくらかかったのか
・初めて喪主になって慌てたこと
・母が最後まで言い続けた「家に帰りたい」という言葉
・そして、今やから言える「後悔した7つのこと」
これは、お金の話だけやありません。
母を見送った娘として、「もっと早う知っとけばよかった」と思ったことを書き残した記録です。
この経験が、これから親を見送る誰かの力になれたら、母もきっと喜んでくれると思っています。
第1章 「まだもう少しもちますよ」その言葉を信じてしまった私
母が93歳の時でした。
施設から電話がかかってきて、
「お母さん、看取り体制に入ります。」
そう言われました。
担当の方からは、
「もう長くはありません。」
「ご家族の皆さんにも、そのつもりでいてください。」
そんな説明を受けました。
正直、その言葉を聞いた時は胸がギュッとなりました。
「いよいよなんや…。」
そう思いました。
でも、そのあとスタッフさんが笑顔でこう言ってくれたんです。
「でも、まだもう少しもちますよ。」
その一言で、私はホッとしてしまいました。
母の顔を見ても、私にはそんなに悪そうには見えへんかったんです。
いつも通り私の顔を見てくれて、
「あんた来たんか。」
そんな感じに見えました。
だから私は、
「まだ時間はある。」
そう思い込んでしまったんです。
その時に初めて聞いた話がありました。
「看取り体制」に入ると、職員さんが24時間体制で見守ってくれるため、通常の利用料とは別に追加料金が発生するということでした。
私は、その制度を全然知りませんでした。
「えっ、そんなお金がかかるんや。」
それが正直な気持ちでした。
でも、その時はお金のことより、
「まだ母は生きてくれる。」
その安心の方が大きかったんです。
ところが…。
その安心は、たった4日で終わりました。
施設から連絡が入り、
母は静かに息を引き取りました。
頭の中が真っ白になりました。
「まだもう少しもちますよ。」
その言葉を信じていた私は、心の準備なんて何ひとつできていませんでした。
今になって思うんです。
施設のスタッフさんは、きっと私たち家族を安心させようとしてくれたんやと思います。
責める気持ちはまったくありません。
でも、家族としては、
「今日かもしれへん。」
そんな気持ちも持っておかなあかんかったんやなと、今は思います。
私は「まだ大丈夫」という安心の方を選んでしまいました。
だから、突然のお別れに何もできませんでした。
もし今、ご両親が施設で過ごしておられるなら、一つだけ伝えたいことがあります。
「看取り体制に入りました」と言われたら、時間があるとは思わん方がええ。
もちろん何か月も頑張ってくれる方もおられます。
でも、私の母のように、ほんの数日で旅立つこともあります。
そのことだけは、どうか心の片隅に置いておいてほしいと思います。
第2章 母が亡くなったその日、悲しむ暇なんてありませんでした
母が亡くなったという連絡を受けた時、頭の中は真っ白でした。
「えっ…ほんまに?」
それしか言葉が出てきませんでした。
ついこの前まで、「まだもう少しもちますよ」と言われて安心していたのに、こんなに早くその日が来るなんて思ってもいませんでした。
施設に着いて母の顔を見た時は、眠っているようでした。
「お母さん。」
そう声をかけても、もう返事はありません。
もっと泣くんやろうなと思っていました。
でも実際は、涙を流している時間なんてありませんでした。
次から次へと、やらなあかんことが押し寄せてきたんです。
まず最初にしたのは、葬儀屋さんを探すことでした。
私は車の中で、手元にあったチラシを必死に探しました。
どこの葬儀社がいいのかなんて分かりません。
比べる余裕もありません。
目についたチラシの電話番号に、そのまま電話をかけました。
今思えば、もっと調べたらよかったんかもしれません。
でも、その時はそんな余裕なんてありませんでした。
電話に出てくださった担当の方は、とても落ち着いた声で話してくださいました。
「大丈夫ですよ。」
「こちらでお迎えに行きます。」
その言葉に、どれだけホッとしたか分かりません。
施設まで迎えに来てもらい、母はそのまま葬儀社へ運ばれました。
その夜は、葬儀社で安置していただくことになりました。
あとから振り返ると、本当に親身になって対応してくださったと思います。
何も分からない私たちに、一つひとつ丁寧に説明してくださったおかげで、どれだけ救われたことか。
そして、もう一つ大きかったのが、死亡届などの手続きでした。
私は役所へ行かなあかんと思っていたんですが、葬儀社の方が代行してくださると聞いて、本当に助かりました。
もし全部自分でやることになっていたら、あの時の私は、きっと何から手をつけたらいいのか分からなかったと思います。
悲しい。
寂しい。
そんな気持ちはもちろんありました。
でも現実は、それを待ってはくれませんでした。
電話。
打ち合わせ。
手続き。
喪主としての役目。
気がつけば、一日があっという間に過ぎていました。
今だから思います。
親が亡くなったその日は、「悲しむ日」ではなく、「決断する日」でもあるんやな、と。
だからこそ、少しでも事前に知っているだけで、心の余裕は全然違うと思います。
私がそうやったように、「何も知らなかった」と慌てる人が、一人でも減ってほしい。
そんな思いで、この体験を書いています。
第3章 親の最期に、本当にかかったお金
母が亡くなって、一番最初に気になったのは、お金のことでした。
悲しい気持ちはもちろんありました。
でも現実は待ってくれません。
「葬儀はどうしますか?」
そう聞かれたら、すぐに決めなあかんのです。
母は生前から、
「お通夜もいらん。」
「お葬式もせんでええ。」
「直葬でええから。」
そう言っていました。
子どもに迷惑をかけたくない。
それが母らしい考えやったんやと思います。
だから私たちも、母の希望どおり直葬を選びました。
葬儀屋さんのチラシには、
「10万円くらいからできます。」
そんなふうに書いてありました。
私は、そのくらいで済むんやろうと思っていました。
ところが、実際に打ち合わせが始まると、
「こちらのお花はどうされますか?」
「お棺はこちらにされますか?」
「お別れのお花は付けられますか?」
次から次へと聞かれます。
もちろん、無理に勧められたわけではありません。
でも、その場になると、
「これも必要なんかな。」
「付けへんかったら母がかわいそうかな。」
そんな気持ちになるんです。
幸い、妹がしっかりしていました。
「それはいらんわ。」
「そこまでせんでもええ。」
とはっきり言ってくれました。
あの時、妹がおらんかったら、もっと高い金額になっていたかもしれません。
本当に助かりました。
それでも、最終的にかかった費用はこれから先はデリケートな事なので有料にさせて頂きます。
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