GUILTY&FAIRLY 『紅(あか) 別の世界とその続き』著 渡邊 薫
第九話 異世界
辺りは混沌としているようにも見えた。
チカチカと黄金に輝くクラゲが大群でいて幻想的かと思えば、異様な顔つきの薄暗い深海の生き物もいた。
何もかもが目新しかった。
けれど、海の生き物からすれば、ただの人魚が増えただけ。
見向きもされなかった。
中には僕の体の何十倍もある生き物が目の前に現れた。
未知の世界に、正直、心が踊った。
僕は何か刺激を求めていたのだろうか。
恐ろしげに見える巨体の生物にも、ドキドキして興奮していた。
僕のそばには美しい彼女がいる。
僕には彼女の存在しかなかった。
何も持っていないが、何も持たなくて良いという解放感さえあった。
多くの物に囲まれているより自由を感じた。今まで、沢山の事を知っているつもりでいた。けれど、世界はこんなにも無限に広がっていた。
親も、友達も、仕事も、物も何もない。
時計もない海の中は、時間さえも捉えておけない幻想のようなものにも思えた。
本当に過ぎ去っていくものなんてあるのだろうか。
過ぎ去ってしまったものなんてあったのだろうか。
僕たちに確かなのは、ただ、目の前に映るその景色だけだった。
人魚の生活は、僕が前にいた世界の妖精と似ていた。
僕たちは空腹になることがなかった。お腹が空かない。
僕たちは水を口から取り込む、そこから何か栄養をとっているのかもしれない。
僕たちが通った後の水はたちまち綺麗になった。
妖精の呼吸と一緒だ。
妖精がただ息をするだけで、木々や花々は美しく育ち、汚れた空気は澄み渡るように綺麗になった。
こちらの世界で妖精と似たような役割をしているのは人魚なのかもしれない。
人魚のお陰かこの世界も幻想的で美しかった。
海の中には、大きく分けて二種類の生き物達がいた。
華やかな色をした人魚。
優雅にゆったりと過ごす生き物達は、夢の世界のようだった。
もうひと種類は、色がくすんでいて、単色で、目つきのするどい人面魚。
彼らは食料を必要とするのか、お互いを喰いちぎり無残にも争い合っていた。
不思議な事に、同じ場所にいても人魚は彼らに脅かされることはなかった。
その、人面魚達にとって僕らは何か毒のようなものでもあるのだろうか。
不思議と二種類の生き物達は同じ海の中で混ざり合って存在していた。
それぞれが別世界に棲み分けているように。
人魚は眠くなる事もなかった。
ただ、岩に腰を下ろし、ゆったりと過ごしている人魚は多かった。
僕は、人魚の生活をしながら妖精のリリーに想いを馳せた。
きっと彼女もこんな気持ちで毎日を過ごしていたのだろう。
今なら彼女の言っていた、『人間の方が、怒って、泣いて、笑って。お洒落して。楽しそう』と言っていた言葉の意味が分かる気がする。僕は何もしなくていい妖精の方が羨ましかった。
僕もそんな人生ならと望んでいた。
なんの為に生まれたのか、自分の存在の意味を必死に探していたリリーの気持ちに今になって寄り添えた気がする。
今の僕は、この世界の洗濯機のようなものだ。動きまわる洗濯機だ。
汚れたものを綺麗にする。
そしてまた汚れたものを取り込む。
ただその繰り返しだ。
たぶん、他に存在の意味はない。
そのうちに僕も、あのリリーのように同じ疑問を胸に抱えながらこの世界を彷徨い始めるのかもしれない。
何のための人生かと。
人魚になった僕は何をして生きていけば良いのだろう。
ここには、洋服を作る機械も材料もない。
そもそも、服を作る意味すらない。
あんなにかき集めていた食料も、今は欲しいとも思わない。
欲しい物もない。
全て意味のないことだと分かってしまったら、集める意味がなくなった。
まあ、そもそもここにはそんな物なんてないのだけれど。
同じような考え事を毎日のように繰り返す。
ほとんど意味のない、どうでも良い事。
地上にいた頃、僕にはやる事があった。
やりたい事。
得意なことではない。
妖精のリリーは前に僕のデッサンを見て、上手いと言ったが、別に初めから描けた訳でもない。
ただ、やり続けただけ、それに費やした時間が人より長いだけだ。
僕には初めから何かがあった訳ではなかった。
ただ、そういう人になろうと思って始めただけだ。

「ジャン、これからよろしくね!」『GUILTY & FAIRLY: 罪と妖精の物語 color』(渡邊 薫 著)
全てはある妖精に出会ったことから始まった。
これは、はたして単なる冒険の物語だろうか。
異世界への扉。パラレルワールドに飛び込むことが出来たなら、どうなるのだろう。
自分自身はどう感じ、どう行動していくのだろう。
あるはずがない。
凝り固まった頭では、決して覗くことのできない世界。 https://a.co/9on8mQd
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