実家で知る親の愛
以前息子の絵本について文章を書いた。
これは息子の、今はそうそう読まなくなった絵本たちの処分を考えたが、色々な思い出がよみがえり結局大事に仕舞い込んだ時の話である。
そして先日、夏季休暇に家族で実家へ行った時のこと。
〜以前も書いたかと思うが、我が家の『実家』はもうなくて、親が引っ越した(私はそこで過ごしたことがない)山の家がある。
しかし実家のものはそのままそちらに引っ越しているので便宜上ここでも『実家』とする〜
ふと気づくと私が小さい頃遊んでいたシルバニアファミリーの家や人形。
大きなぬいぐるみ。
絵本の数々。
ワンピースにハマっていて集めていたコカコーラのボトルキャップ。
小さい頃のそれらがしっかり保管されている。
絵本も、たくさん。
私の息子もそこから読んでお気に入りになった本なんかもあり親子二代で大活躍だった。
中学生の頃、絵に描いたような反抗期を迎えた私はいつも仕事で忙しい母にその気持ちをぶつけていた。
「絵本なんか読んでもらったことない!」なんてひどいことを言った、それを今でも自責の念と共に覚えている。
けれど。
こんなに絵本があって、読んでもらったことがないなんてことはないじゃないか。
こんなに本棚の場所を取って残されている。
親もやはり捨てられない本ばかりだったのではないか。
愛されていた証拠はこんなにあるじゃないか。
気づくのにこんなに時間がかかった。
また反省が増える。
同じことの繰り返しにしないために私はしっかり自覚して覚えておかなければならない。
愛とか愛情なんて言うと大げさだし改まってしまうけれど、大切な存在なんだと息子にも夫にも、そしてそれぞれの親や兄弟、友人にも伝えていこう。
自分が、そして相手も、生きている間にしか伝えられないのだから。
