施術家はカリスマじゃないとダメですか?第五話
「楓先生、あとはよろしくね!」
少しかすれた声でそう囁くと、山之上さんは急いで受付まで小走りをする。
院内は、走らない、騒がない、焦らない。
そんな小学校みたいな絶対ルールがある。
いつもは肝が据わって冷静な山之上さんが、小走りするところを初めて見た。
ぱたん。
スタッフルームの扉を閉める。
振り返ると、’ふてぶてしく’椅子に座る修太郎先生の姿。
’オレは間違っていない!’
顔がそう言っている。
1週間前、修太郎先生は突然大先生の施術を間近に見学させて頂く許可が下りた。
大先生は施術を見られるのが嫌いなので、こんなチャンスは滅多にない。
「せっかく就職したのに、臨床経験をしないまま退職して頂くのも申し訳ないからね。」
そう言って、鈴木様の施術の見学にお許しが出た。
もちろん鈴木様のご了承の上で。
見学後、大先生から、次回の鈴木様の施術を修太郎先生に担当してもらうと聞かされた。
正直、時期尚早ではないかと思ったが、
「国家資格を持っている段階で、もう先生だよ。」
そう大先生に言われ、私も納得した。
担当する鈴木様は35才。
結婚して10年。自然妊娠がなく、不妊外来に通うようになる。
検査をするも、特に問題はない。
そこで、提携している鍼灸院を紹介され、当院に来院して下さった。
大先生が3回施術を担当し、今日4回目の施術を修太郎先生が担当した。
その日は丁度、私も飯塚先輩も予約が入っていて、付き添うことは出来なかった。
それでも、大先生の言葉もあるし、修太郎先生なら大丈夫かな。
そんな期待をしていた。
修太郎先生は業界ではカリスマの一人として名の知れた東郷先生のご子息だ。
東郷先生は、テレビにも度々出演している。
足ツボの痛みに悶絶するタレントの姿で笑いを取ったり、
痛くて挙らなかった五十肩が、一本の鍼ですっと挙るようになって会場を沸かせたり、
長年苦しんだ痺れが取れたと、泣いて喜ぶ患者様の姿などが映し出されていた。
SNSでもよく見かける先生で、
先生が触れるだけで痛みが取れたり、
逆に患者様を悶絶させるけれど、そのあと奇跡のような回復が見られたりする演出が多かった。
その東郷先生の長男が修太郎先生である。
最初、修太郎先生を採用すると聞いたとき、正直驚いた。
偵察の為か、冷やかしのための就職ではないか?と考え普通だったら一蹴しそうなものだ。
でも大先生は、
「お父様はお父様。彼は彼だからね。」
そう言ってすんなり採用した。
そして職場でも、勉強会でも、他の先生と等しく彼に接していた。
そんな大先生の懐の広さに感嘆したが、
院が倒産する今となっては、先生は後継育ても院の経営もどうでも良くなっていたのではないかと邪推してしまう。
私もすっかり素直ではなくなってきた。
さて。そんな修太郎先生の施術家デビューは散々な結果となった。
「一体なぜ僕が責められるんですか?
僕は間違ったことは言っていません。
鈴木さんは妊娠したくて来院されているんですよね。
それなら出来るだけ早く妊娠出来るようにするのが僕の仕事だ。
大先生も前回の施術で色々とアドバイスされていました。
それなのに。
鈴木さんは何一つ大先生のアドバイス通りに出来ていなかったんですよ。
何のために施術を受けているのか。
まったく・・・意味が分からない。
時間とお金を投資するなら結果を求めるべきでしょう。
僕だって、その期待に応える為に日々勉強しているのに。
こちら側が必死に施術して、生活習慣についても改めるよう言っても、
応えてくれないような患者様だったら結果は出ない。
それだと鈴木さんにとっても、僕にとっても意味が無い。
この考え方の何が問題なんですか?」
ドアを閉めて、椅子に腰掛けようとする私に、早口でまくしたてる修太郎先生。
私はただ「うん うん。」と聞きに徹する。
こんな時、どう対応するか。
私は五条先生スタイルしか出てこない。
’知識として頭に入っていることよりも、自分で経験したことの方がとっさの時は役に立つな。’そんなことをふと考えた。
後輩の面倒を見る。
私は五条先生にやってもらった手本を真似てみるしか出来なかった。
「鈴木さん。ご主人にもまだクリニックで検査してもらってないそうなんです。
ご主人10才上だから、鈴木さんに問題なくても、ご主人側に問題があることも多い。
鈴木さんもそれを分かっていて、前回大先生にもその事を相談してたんです。
大先生の施術を3回受けて、基礎体温も高くなってきたし、メンタルも落ち着いてきて、身体の調子も良くなってきてた。
でも、念には念を入れて、ご主人も巻き込んで、夫婦で子授かり出来るようにって。
いきなりクリニックが難しければ肩こり腰痛にいいよと、院に来てもらうでもいいですからって大先生に言われて、’聞いてみます!’って嬉しそうに言ってたんですよ?
それなのに、今日話しても、やってない、出来てない、まだ難しいかも。
そんな言い訳ばっかりだし。
身体の調子を聞いても、’私は分からないので、お任せします’って。
とりあえず施術してくれたらいいからって態度で。
だから最後に、’ちゃんと目標に向けたスケジュールと行動が必要ですよ。’って言ったら泣き出して。」
そう。修太郎先生は患者様を泣かせた。
不妊専門院をやっていると、精神的に不安定な患者様も多い。
仕方が無い。
不妊治療をしていると、ホルモンバランスも乱れるし、
身体にも相当負担がかかる。
なにより時間的、金銭的、そして家族からの有言無言のプレッシャーもすごい。
「私、子どもを産むためのロボットになったみたいな気になるの。
検査を受ける度に、女性として当然持つべき’子どもを授かる機能’のどこに欠陥があるのか徹底的に調べられ、ここがダメだから部品を変えよう。
そう言われている気になる。
ここが排卵だから、この日に向けたスケジューリングをって、なんだか何かを作る工場みたいに思わない?
子どもが出来ないのは自分のせいだ。体が悪い、今までの生活習慣が悪い、働いてストレス受けてるのが悪い。
悪い悪いを探して探して、疲れちゃう。
本当は、何も考えず、主人と仲良く過していれば自然と授かるものなのに。
身体よりも、頭の理屈で子どもを生産しなくちゃならなくなっている。
そんな気持ちになるの。」
昔患者様に言われた言葉が蘇る。
「修太郎先生は自分の施術に自信があるんだね。」
「当たり前ですよ!施術をすれば、身体はよくなるんですから。あとは患者様の努力次第です。」
昔誰かから聞いた事を思い出す。
お釈迦様は弟子からこんな質問を受けた。
「好きと愛の違いは何ですか?」
お釈迦様は答える。
「例えばこの花を好きだと思う。そうしたら、あなたはこの花をもぎとって持ち帰り、水に活けて側に置いておこうと思うだろう。
例えばこの花を愛するとしよう。そしたら、あなたはこの花の生える土に肥料を撒き、水を与え、雨風から守るだろう。
好きは「自分を満たす」ものであり、
愛は「相手を満たす」もの。」
私はこの言葉を肝に銘じている。
私は施術が好きだ。
施術の理論も好きだ。
好きだから寝食忘れ、休日返上でも学びに行ける。
それが自分を満たすものだから。
こんな好きなことを仕事に出来て感謝している。
私の好きな、理論や技術を提供して、実際患者さんが望んでいた身体の変化に繋がった時、「先生すごい!ありがとう。」そう言って頂けることが、なによりもやりがいになっている。
だけど、私の好きを患者様に強要してはいけない。
患者様が望んでいるのは、施術の理論や技術ではない。
患者様が望んでいるのは、ただただ身体や心の不調を整えることだ。
もし、「先生すごい!ありがとう!」と言ってもらう為に仕事をすると、
それは愛ではない。
患者様の求める事に応じる。患者様を満たすような施術をする。
先生ありがとう。
そう言ってもらう度、気持ちがいい。
承認欲求が満たされ、今までの苦労が報われる。
でも、そのありがとうにあぐらをかいてはいけない。
今まで見てきた私が尊敬する先生方は、謙虚な方が多かった。
その姿勢に憧れるから、余計にそう思うのかもしれない。
世に言うカリスマなる先生達も、自分自身でカリスマと豪語している人は少ない。
周りの人たちがカリスマと言うのだ。
SNSでもメディアでも。
カリスマと称して、演出する。
お釈迦様だってそうだ。
すべて口語で残して書籍はない。
お釈迦様すごい!!と思った弟子達が、そのカリスマ性を後世に残すべく、経典を書き上げまくっていった。
結局カリスマは、周りからの評価の1つにすぎない。
もちろん私もカリスマになってみたい。
それだけ多くの人に認められたらどんなに嬉しいだろう。
でも、実際臨床に出て、今の私が思うことは、
目の前の一人一人の患者様に真摯に向き合うこと。
私が出来るのは、これだけだ。
「修太郎くんは、頑張り屋さんで、向上心もあるから、出来ないということが許せないのかもしれないね。
修太郎くんもすごく頑張ってるもんね。
周りにも凄く努力されている大人達を見て育ったから、余計に努力しない、出来ないと言ってしまう人を認められないのかな。
私は修太郎くんの生い立ちや状況を上辺しか知らないから、多分何を言っても、修太郎くんの気持ちに寄り添えていないかもしれないけど、
人生においても、臨床経験においても、少し先輩だから言わせてもらうね。
私は、今の修太郎先生に施術されるのは絶対嫌です。
なぜなら、私の気持ちや事情や状況をくみとってくれることもなく、
正論という刃でズブズブ心を切ってくる。
そんな先生に安心して身を委ねるなんて出来ません。
相手を否定して、自分の正論振りかざして、自分の素晴らしさを認めて欲しいなら、ホステスさんにお金を払って話を聞いてもらってください。
ここは患者様が心も身体も満たされ整う場所です。
っと言いつつ。
でもね。
これも私の正論。
この正論だけが正解じゃない。
修太郎先生の正論。結果主義が正しい現場も、もちろんある。
お互い、次は自分たちの正論を望んでいる患者様の居る場所で働けたらいいね。
今日はお疲れ様でした。
もう休憩に入ってもらって大丈夫。
私は施術に戻りますね。」
まだ拗ねてる顔の修太郎先生に微笑みながら、私はスタッフルームを後にした。
きっと私の言葉は響かない。
響くのは大先生やお父さんからの言葉かな。
私はまだまだ小猿だから。
トイレで勢いよく手を洗う。
あと5分で次の患者様が来る。
大きく深呼吸。
私の事情なんて患者様には関係ない。
鈴木様のフォローは山之上大先生にお任せしておこう。
大丈夫、大丈夫。
平常心、平常心。
自分の脈を診て、落ち着いている事を確認。
鏡に映る自分は、少し怖かったので笑ってみる。
頼む。出てくれ、脳内セロトニン。
