施術家はカリスマじゃないとダメですか?第六話
パタン。
静かにドアを閉める。
重い足取りで、ベッドに近づき、スマホを充電する。
コンタクトを外した視力は0.3。
メガネが無くても、自分の部屋くらいは問題ない。
でも、今日は眼精疲労がキツすぎて視界がぼやける。
仕方が無い。
今日は嫌いなメガネをかけてやろう。
ベットに横になり、スマホを触る。
深夜12時。
寝る前のスマホ。
患者様には絶対言えない、私の不養生。
SNSにはキラキラした画像や動画が流れてくる。
友達や知り合いの近況達。
もちろんその裏には、ドロドロした現実もあるだろう。
でも、今はそのキラキラだけを素直に受け取りたい。
院の閉鎖まで後2ヶ月をきった。
今日初めて患者様に院の閉鎖を告げた。
’私が別の院で引き続き担当します。’
そう言いたかった。
でも、その目処は立っていない。
そんな状況で患者様を受け入れられない。
大先生とも相談し、基本的に私が担当させて頂いている方は、大先生のお知り合いの先生にお願いすることになった。
悔しかった。
全てが悔しかった。
「早く、次を見つけないと。」
私はSNSから転職サイトに画面を切り替える。
施術家専門の転職サイトには色々な求人が載っている。
院の閉鎖が決まってから、すぐさま3つの院に見学と面接をお願いした。
一つ目は、中野式という鍼灸の流派の1つをされている先生の鍼灸整骨院。
初めて降りたその駅を出ると、下町と言われる街並みがあった。
商店街を抜けて、住宅街を少し進むとその鍼灸整骨院があった。
そこはカーテンで仕切られたベットが5台あり、60代以上の患者様でいっぱいだった。
他にも5人ほどが受付前の椅子に座り、うちわで仰ぎながら話をしていた。
「失礼します。」
院のドアの前にある蚊取り線香に気をつけながら中に入る。
「あぁ見学の子ね!早く入って!着替えは?持ってきてる?」
受付の女性の大声が院内に響き渡る。
私は思わず萎縮してしまう。
「そんなところに突っ立ってたら邪魔でしょ?早く入って!」
あたふたしていると、うちわで仰いでいた初老の患者様たちが笑いながら
「おいおいさっちゃん、あんた声デカいんだから、怖がらせちゃダメだろうが。」
ガッハッハ
患者様たちにぺこりと頭を下げ、おどおどと中に入り、さっさと白衣に着替える。
’すごい所に来てしまった’
猛烈な後悔に見舞われながら、とは言え折角来たのだから何かを学んで帰ってやる!と気持ちを切り替える。
院内は常に’さっちゃん’こと受付の女性の大声が響き渡っていた。
どうやらそれがこの院の通常らしい。
私に対しても、怒っていたのではなく、これがここの普通なんだと、見学して30分で悟った。
そして入り口は患者様たちの出入りが激しい。
確かに見知らぬ新人が突っ立っていたら邪魔だ。
院内では、院長が凄い早さで鍼を何本か患者様に打ち、次の患者様の元へ。
何分か経過したらもう一人の男性施術家が院長の打った鍼を抜き、電気を当てていく。
誰に対しても同じ場所に鍼をしているわけじゃないのに、助手の先生は、鍼を抜き忘れない。
一人の患者様に対して60分以上自分一人だけで施術をしてきた私には、衝撃的な光景だった。
患者様お一人への施術は15分程度。
まるでベルトコンベアーに乗っているように、施術家たちが入れ替わり立ち替わり動いている。
今まで見たことのない施術の風景に圧倒された。
患者様が去り、嵐の後のような院内で行われた面接。
覚えているのは院長先生の驚くほど小さい声と、ふかしたタバコの臭いだ。
「うちは保険施術をメインにしてるから、レセプトとか事務作業もしっかりやってくれる即戦力が欲しいんだよね。」
私が就職した不妊専門鍼灸院は保険外治療で健康保険を使った施術をしていない。
保険施術をしたら必ず必要になるレセプト。診療報酬明細書を提出するという事務作業を私は経験したことがない。
見学中は、目の前の出来事すべてが追いつけないスピードで進んでいった。
この院内は全てが2倍速なんだろうかと思ってしまうほどだった。
院長先生のふかしたタバコの煙がゆっくりと天井に伸びていく。
煙のスピード感だけはいつも通りだった。
次に行ったのは美容鍼灸専門院。
誰でも聞いた事がある、都会のど真ん中にある本店を訪れた。
ビルの5階に降りると、目の前にアルファベットの店名が見えた。
自動ドアを抜けるとふわっとした絨毯と、コロンの香り。
暖色系の照明。アンティーク系のテーブルと椅子。
壁には沢山のコスメが並んでいる。
施術見学は不可。
まずは営業時間外での院内見学と面接。
BGMの無い静かな店内にコツコツと足音が響き渡る。
「おはようございます。」
現れたのは30代前半だろうか。
全身白をベースにした制服に金色のネームプレート。
髪もキレイに束ねあげられている。
齋藤さんという女性鍼灸師。
「あっ!よろしくお願い致します。」
慌てて挨拶をする。
院内の見学を終えて、奥の控え室で面接をする。
履歴書を見て齋藤さんが一言。
「あなた、どこのブランドのコスメ使ってる?」
27才。
恋愛よりも仕事に生きてきました。
化粧品?
デパ地下コスメに憧れた日も、もちろんあります。
でも、それを身につけて私はどこに行くのでしょうか?
仕事にバッチリメイクなんて合わないし、土日は汗だくで学び施術をし合う勉強会。
向かい合う齋藤さん越しに鏡に映る自分の顔を改めて見てみる。
悪くはない。
眼も鼻も口も耳もある。
五体満足だ。
でも磨いていない。
齋藤さんは足を組み、片肘をついて私の履歴書に目を落とす。
最後に訪れたのは、ターミナル駅前を中心に数店舗展開している大手チェーン整骨院。
’骨盤矯正ならここ!’
男性施術家が女性の患者様をストレッチしている大きな看板。
二人とも爽やかな笑顔が印象的だ。
らせん階段横にある大きな看板を横目に見ながら昇ると、院の入り口になる。
院の前には手書きのボード。
「夏のクーラー冷えに注意!」
可愛いペンギンがクーラーで冷やされている。
「失礼します。」
院内に入ると、
「こんにちは!!!!!」
院内に居る全てのスタッフが元気よく挨拶してくれた。
平日の13:00。
院内にはサラリーマンや主婦と思わしき患者様たち。
スタッフは全員20代前半。
若々しさがまぶしい。
院内は仕切りがなく、フルオープンで壁際にベットが5台並んでいる。
スタッフは3名。男性2名に女性1名。
皆さん爽やかな笑顔で患者様へ施術をしていた。
すると奥から男性が片手をあげて出てきた。
「やぁやぁ!暑かったでしょ?」
爽やかな笑顔で近づく彼の、上腕二頭筋から目が離せない。
対応してくれたのは院長先生。
と言ってもおそらく20代後半ではないだろうか。
院の奥の個室に通されると、ベンチプレスなどのトレーニングマシーンが1台。
聞けば、パーソナルトレーニングもやっているそう。
個室はもう一部屋有り、そこでは鍼灸やオイルマッサージなどの施術を行っている。
二人きりになっても、爽やかな笑顔を絶やさない院長先生。
壁には有名スポーツ選手と、店のオーナー先生との写真が飾られている。
「有名なアスリートのトレーナーだった先生が開業された院だから、もっとスポーツをされている方が患者様に多いと思いました。」
思わず口から出ていた言葉に、自分で驚く。
「あっ、すみません、偉そうに。」
「いやいや全然!!」
笑顔で椅子を用意しながら、院長先生はハキハキ話しをしてくれる。
「そうですね!
うちは駅前なので患者様はサラリーマンや近くに住んでいらっしゃる主婦層がメインです。
施術スタッフは運動経験者が多いですね!
体育会系のノリは謙遜されがちですが、うちは皆元気で仲が良い!
人間関係の良さには自信がありますよ。
懇親会とか、福利厚生も結構充実してますし!
患者様にも言われるんですよ!
この院は居酒屋みたいだってねっ!はっはっは!!」
お腹から声を出すとはこのことだ。
院長先生のハキハキした話し方につられて、私もついつい声が大きくなる。
「楽しそうでいいですね。」
「先生は何か運動をされていたんですか?」
「はい。私は中学、高校とサッカー部のマネージャーをしていました。
小学生の時に、一度ケガで足を折ってしまって。
そこから自分でスポーツをするのは怖くなってしまって。
でもスポーツは好きなので、応援というかサポートする立場になりたいと思って、マネージャーをしていました。」
「素晴らしい!!!
そのサポート精神で、今は施術家ですか!
ご年齢は・・・。27才!見えない!
お若いですね!
おっと!これはセクハラか。
はっはっは!」
「いえいえ、とんでもない。」
「僕もサッカーしてたんですよ!
僕は現役時代にケガをして、鍼灸師の先生にお世話になって、それでこの世界に入りました。
うちは開業を目指している若い先生を応援しているんです。
僕自身、入社して3年目で院長を任されたんですよ!
やる気のある若手にはどんどんチャンスがやってきます!
先生は専門性を磨いてきたから、それを活かしつつ、ぜひうちの技術も会得して戦力になってください!はっはっは!」
その後、鍼灸整骨院グループの理念や目標、今後の夢を聞かせてくださった。
個室を出ると、院内はスタッフと患者様たちの会話で盛り上がっていた。
私は見学をさせて頂き、最後に骨盤矯正の施術を受けて帰宅した。
確かに帰る足は軽かった。
しかし気持ちは重かった。
’27才。体力には自信があります。
でも10年、20年と自信を持ち続ける自信はありません。’
頭の中で弱音が漏れる。
私は所謂整骨院の先生になれる柔道整復師という資格をまず取った。
3年間の専門学生時代。
まだ19才や20才の頃、私は整骨院の受付でアルバイトをしていた。
若い先生達、同世代の受付スタッフ。
楽しく和気あいあいと働かせてもらった。
ただ、社員さんたちは常に多忙だった。
開院中は沢山の患者様へ施術をし、常に笑顔での接客。
施術以外に大量にある事務作業。いわゆるレセプト処理。
体力勝負の日々を過す先生達を見て、
’スポーツ選手みたい。
生涯現役は体力的に辛そうだな。’
それがアルバイト時代の私の印象だった。
そこから鍼灸師の資格も取ると就職の幅が広がると当時の担任の先生から教えてもらい、更に3年間学校に通った。
’じっくりと、目の前の患者様へ施術出来る。’
鍼灸専門学校で開かれた合同説明会で、大先生から聞いたこの言葉に惹かれて、私は今の鍼灸院一択で就職活動を行った。
改めて見学した院を思い出す。
「それにしても。
患者様はバラバラだったな。」
院に来ていた患者様たちを思い出す。
今勤めている院も、
見学させて頂いた3院も、
それぞれ来ている患者様は全く違う。
「行きやすい所に行くもんな。」
改めて考えてハッとした。
鍼灸整骨院はコンビニの2倍はある。
信号機より多い美容院よりはマシだが、それはそれは多い。
テーマパークのように、行きたいから行く場所ではなく、
行きたくなったら気軽に行ける距離にあるのが鍼灸整骨院。
でも、どこも同じような施術をしていない。
不妊、美容、姿勢、痛み。
それぞれ何かに強みを持っている。
患者様も自分に合う院を選んでいる。
そして、自分に合う院であることと、通いやすいことも大切なんだ。
勤めている不妊専門鍼灸院は、幹線道路沿いにあり、
大手の不妊専門クリニックから車で10分ほどの所にある。
院の駐車場には他府県ナンバーみよく見かける。
この幹線道路沿いには車で30分以内にもう一件、有名な不妊専門のクリニックがある。
「ここだから15年出来たんだろうね。」
受付の川下さんが言っていた。
言葉の意味がよく分からなかったが、今はっきりした。
その通りだ。
患者様が行きたいときに、すぐ行ける場所に院があること。
これは鍼灸整骨院を選ぶ上でとても大切な要素なんだ。
「大切なのはどこで働くかよりも誰と働くかよ。」
そこに集まる施術家やスタッフだけではない。
そこを求めてくるのはどのような患者様なのか。
私はどんな患者様へ施術をしたいのか。
ここが見えていなければ、きっと就職しても、その後が苦しくなる。
院長先生や院のテクニックに感動して、その技術を学びたくて会得したくて就職しても、またインプットだけで終わってしまう。
「カリスマのコピーで施術家人生終わるぜ。」
五条先輩が頭の中で語りかける。
「大丈夫だよ楓。
オレの院に来なよ。
これからは、後輩じゃなくて、公私ともにパートナーとしてな!」
きゃぁー。
頭の中の妄想が暴走しだした。
深夜1時。
妙なテンションでスマホを見ながら頭を働かせるものではない。
あと2ヶ月で無職。
あれこれ言ってられない。
でも、就職は結婚と似ている。
ご縁がないと結ばれない。
互いに惹かれ合わないと、その後不幸になる。
でも時間がない。
焦る自分と、
就職がゴールではなく、スタートだと慎重になる自分がせめぎ合う。
結婚も就活も焦ってはいけないと思いつつ、
焦らずにはいられない。
でも、ちゃんと考えよう。
私はどんな悩みを持つ患者様に施術がしたいのか。
きっと不妊だけじゃないはずなんだ。
スマホの電源を切る。
これ以上、妄想が暴走しないうちに、もう寝てしまおう。
大丈夫。
不安なのは夜だからだ。
明日はきっと大丈夫。
