施術家はカリスマじゃないとダメですか?第十話(最終話)
朝、鏡に映る自分の肌の調子が良いと、それだけで良い日になると思える。
狭い洗面台に器用に並べたコスメ達。
宝石のように丁寧に扱い、自分のお肌を磨き飾る。
アイライナーの引き方にも慣れてきた。
部屋からは、ご飯の炊けるいい香り。
昨日の夜、仕込んでいた炊き込みご飯。
一人用の炊飯器は万能調理器だ。
お世話になった院が閉鎖して1年が経った。
私は都内にマンションを借りて、一人暮らしを始めた。
女性たちが’女に生まれてきて良かった’と思える居場所を作りたい。
SNSに流れてきたのは、女医の先生が手がけるプロジェクトについてだった。
産婦人科医の田所敦子先生。
『ホルモンに支配されない女の生き方』という書籍はベストセラー。
SNSでも積極的に、女性が輝けるをテーマに、性や愛や健康などを語ってくれている。
その敦子先生が、都内のデザイナーズマンションの3部屋を使って、
女性による、女性のためのサロンを作った。
一部屋は、引き締めの部屋。
ヨガやピラティスなどのパーソナルトレーニングが受けられる。
もう一部屋は、整えの部屋。
鍼灸やオイルマッサージなど施術や、医師によるホルモン検査やDNA検査などの結果についてカウンセリングを受けられる。
最後の一部屋は、女の秘密基地。
敦子先生が推薦するコスメやサプリを無料で試せたり、ハーブテントやセルフエステ機器なども利用出来る。
「あなたも私と一緒にプロジェクトに参加しませんか?」
鍼灸師も募集していると知り、すぐに応募した。
実際お会いした敦子先生は、すこしぽっちゃりした可愛い先生だった。
50代には見えない肌と、なんのブランドかは分からないけど黄色と赤の大きな花が刺繍されたワンピースの上に白衣を着ていた。
指には宝石ではなく何かの花をモチーフにした大きな指輪と可愛いネイル。
きっとこの先生には好きな物の軸があるんだなと思いながら面接を受けた。
「最初はね、うまくいくか分からないの。
完全歩合だからお金の面も心配だと思う。
でも、私はこのプロジェクトは本当に世の女性達に喜ばれると思ってるの。皆、本音や弱音を出せて、なおかつキレイになれる場所を求めているのよ。
競うためじゃなくて、自分の為の自分磨き。
可愛い物とかキレイな物を身につけるだけで、気持ちアガルじゃない?
もし楓先生も力を貸してくれるなら、嬉しい!!
楓先生可愛いし、実力もあるから!」
トントン拍子に事が進み、最初の一年は最低保障付きという条件で働くことが決まった。
意を決して、都内に一人暮らしを始めた。
サロンは実家からは遠いし、甘えそうだと思ったから。
母は「あらっ大変!でもいいじゃない?」と応援してくれた。
父は「困ったり、無理だと思ったら早めに言いなさい。」とだけ言ってくれた。
弟は「姉ちゃんでも住める物件探してやるよ」と力を貸してくれた。
二年目からは完全歩合になるけれど、今の所サロンの会員さんの数も順調に増えているし、指名も増えている。
このままお世話になっていきたいと思っている。
ただし、いつサロンが潰れてもいいように、リスク管理はしなければ。
前の院で学ばせてもらった。
いつまでも同じ状況は続かない。
変化に柔軟に対応出来なければ。
スマホにメッセージが届く。
同じくサロンでオイルマッサージやエステ部門を担当している花先生からだ。
「楓ちゃーん、おはようございます!
今日、新作のリップ入手出来たので持って行きますね!
楽しみ!」
里芋がダンスしているスタンプが送られてくる。
花先生が何故かハマっている里芋のキャラクター。
『芋ですが何か?君。』
「ありがとうございます!楽しみです!っと。」
すぐに返事を送る。
芋ですが何か?君の親友キャラ。タマネギの『脱いだら色白よ!ちゃん』の投げキッススタンプを添える。
この一年でメイクの腕は花先生にたっぷり教えてもらった。
「原石、原石ーっ。」
と花先生と敦子先生は私によくメイクをしてくれた。
遊ばれているのではない。ご指導だ。
そう思って期待に応えるべく頑張っていると、周囲からも
’可愛くなったね’と言われるようになった。
花先生は敦子先生の専属のエステティシャンだったのを、引き抜かれたらしい。
敦子先生よりも3つ下。
40代後半だったと思う。
敦子先生と花先生はいつも恋バナをしている。
「彼が今度仕事辞めてフランスに料理人になる修行に行くって言っるのよー。」
「えーっ、敦子先生の彼って、確か大学の教授じゃなかったでしたっけ?」
「もう、私彼の作る料理好きだから応援はするんだけど、遠距離辛ーい。」
「それは辛ーい。」
横で聞いていて、次元が違う恋愛話に異世界に連れてこられたような感覚になる。
楽しそうだな。いいな。
素直にそう思う。
私であることを楽しむ。女であることを楽しむ。
二人を手本にして、疲れた会員様の心と体が整うように施術をさせて頂く。
二人ほどパワーは無いけれど、会員様の中の硬くなった体も心もほぐして、女であることを、人生を楽しんで欲しい。
ここに来て、そう思えるようになった。
そして、そう言うからには、私自身も自分のことを認めてあげて、私の人生楽しみたいとも思う。
五条先生は今でもたまにお食事に行っている。
同業者と恋愛はしない。
これはまだ私の中で絶対のルールだ。
恋愛ではない、先輩からのありがたい助言を頂く会だ。
五条先生情報によると、飯塚先生は、無事にお子さんが産まれ、家も建てられ、新しい仕事も順調だそうだ。
今年は初めて飯塚先生から年賀状が届いた。
お腹の大きな奥様の横で、険しい顔の飯塚先生。
達筆で’幸あれ’と書かれていて、笑ってしまった。
凜とした奥様は綺麗だった。
修太郎先生は、失業保険をもらいながら職探しをしつつ勉強漬けらしい。
これを機に中国での研修会やアメリカでの勉強会にも行っているらしい。
少しうらやましい。
そして受付のお姉様たちは、それぞれ別のパート先を探しているらしい。
「私たちならどこでもやっていけるからねー。」
そう3人で言い合っていた。最後まで明るく楽しいお姉様たち。
見習いたい。
そして大先生は隠居だと言って、もう臨床には出ないそうだ。
後継の育成ということで、やっていた勉強会を法人として運営することになったらしい。
どうなることかと思った転職活動だったけれど。
終わってみれば、沢山のことを考える良い機会になった。
今では私も飯塚先生からの助言を元に、異業種交流会や、経営者セミナーなどにも行くようになった。
鴨ネギにならないように、敦子先生や花先生などにも相談しながら、人脈を広げている。
ただ、色々な出会いがあるけれど、目の前の患者様、会員様、お客様をとにかく大切にする。
ここだけは忘れないようにしている。
詩織さんが言ってくれたように。
沢山の施術家の一人ではなく、
私という施術家を求めて下さる方にしっかり応えたい。
ご縁があって、お身体を施術させて頂くのだから。
まだまだ、私がどんな施術家で、どんな方に施術がしたいのか。
ピンとくる答えは見つからず、
コンセプトは?
強みは?
と言われてもドギマギしてしまうけれど。
きっとこれから出会う患者様たちが、それを教えてくれると思うから。
一つ一つの出会いを大切にしていこうと思う。
身なりを整え部屋を出る。
メッセージが届く。
スマホを見ると、マタニティペイントをした詩織さんの写真があった。
「やっと安定期ー!マタニティライフ楽しんでます。
無事に産まれて来てって願いを込めてマタニティペイントしてきました。」
そうメッセージにあった。
「素敵です!ベビちゃんも喜んでますね!
産後のケア、楽しみにしています!!」
そう返事をする。
大きく息をする。
大丈夫。
今朝のご飯も美味しかった。
大丈夫。
ドアを閉め、駅に向かう。
足元は見ない。ちゃんと前を向く。
姿勢を正す。
正しく呼吸をする。
口角を少しあげる。
今日も楓先生としての1日が始まる。
